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	<title>ブログ・コラム - 株式会社アフタークラウディカンパニー</title>
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	<description>サーカスを中心としたショー、ステージショー、ストリートパフォーマンスなどご依頼に応じたショーの企画・制作、海外アーティストの招聘などを行なっています</description>
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	<title>ブログ・コラム - 株式会社アフタークラウディカンパニー</title>
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		<title>イタリア・ペンナビッリのストリートフェスティバル</title>
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		<dc:creator><![CDATA[circus_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Sep 2024 03:48:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[◆2024年6月13日～16日に開催された『ARTISTI IN PIAZZA』という、イタリアはペンナビッリで開催されたストリートフェスティバルに、パントマイム・パフォーマーの加納真実さんのお手伝いで同行してきたときの [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph"><br>◆2024年6月13日～16日に開催された『ARTISTI IN PIAZZA』という、イタリアはペンナビッリで開催されたストリートフェスティバルに、パントマイム・パフォーマーの加納真実さんのお手伝いで同行してきたときのことを、レポートします。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">イタリアは、ペンナビッリというところで毎年開催されているフェスティバル、『ARTISTI IN PIAZZA』は1997年から始まり、世界中から多くの大道芸やサーカスのパフォーマーやミュージシャン、造形のアーティストなどを招聘しています。今年はコロナ後、初の開催となりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">フェスティバルの期間中は、街に様々な露店や臨時のバーなども立ち並びます。ペンナビッリの街全体で行われるので、街そのものが大きな野外劇場になっているような、とてもステキな雰囲気でした。フェスティバルは毎日夜中の1時まで続き、メイン広場では夜中の3時まで続きます。観客はキャンピングカーで来る人も多く、キャンプをしながらフェスティバルを楽しんでいるようでした。広い草原のような駐車場は車でいっぱいになっていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ペンナビッリはエミリア・ロマーニャ州のリミニ県というところにある人口約2,600人の自治体で、山間にあるとても美しいところでした。フェスティバルは、エミリア・ロマーニャ州が経済的な支援をしているようです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">私たちは、イタリアに入る前に、チェコに行き、造形作家のHatoちゃん（<a href="https://www.instagram.com/hato888/?hl=ja">https://www.instagram.com/hato888/?hl=ja</a>）の個展の準備を見せていただき、そして、どうせならボローニャで美味しいものが食べたいねということになり、ボローニャまで、スタッフの方に車で迎えにきていただきました。ボローニャからペンナビッリは、車で約2時間ぐらいでした。ボローニャの都市部を出て高速に乗り、途中からだんだんと景色が変わっていきました。迎えにきてくれた車は街の車のようでしたが、電気自動車なので途中で充電しなければならなくなりましたが、日本のように充電できるところが限られているようで、しかも夜だったことから探すのにちょっと苦労していました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">街の車が電気自動車ということから想像できるように、街全体が環境にとても配慮しているのを感じました。「Go Green」という環境に配慮した活動がフェスティバル期間中行われており、各所に置かれていたゴミ箱は木製だったり、パフォーマーたちが食事ができるレストランではプラスチックは殆ど使われておらず、プラスチックのように見えたコップも紙類と一緒に処理ができるような材質だということでした。このレストランでボランティアをしていた大学生は、ボランティアをしながらペンナビッリのエコシステムを学びにきたと言っていました。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="1613" height="1210" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1.jpg" alt="" class="wp-image-923" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1.jpg 1613w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1-300x225.jpg 300w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1-1024x768.jpg 1024w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1-200x150.jpg 200w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1-768x576.jpg 768w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_1-1536x1152.jpg 1536w" sizes="(max-width: 1613px) 100vw, 1613px" /></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>山間部なだけにアップダウンが多く、またこの坂の傾斜が急で、下る時には靴の中で足の指が押されてしまうぐらいでした。毎日、気合を入れて歩いたせいか、日本に帰ってから坂や階段が以前よりも楽になったような気がします。</p>



<p class="wp-block-paragraph">宿舎は街の中心部から徒歩20分ぐらい（かかったように感じました）のところの民泊のようなところで、2階にご家族が住み1階を貸しているような家屋でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いろいろと気を使ってくださるとてもいいご家族で、加納真実さんのパフォーマンスも気に入ってくれ、お友達を連れてきてくれたりなど何度も観にきてくれていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">リリちゃんという黒い犬が番犬がいて、人間の言葉を理解しているかと思うほど、とても賢い犬で、私たちの毎日の癒しでした。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="1613" height="1210" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2.jpg" alt="" class="wp-image-924" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2.jpg 1613w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2-300x225.jpg 300w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2-1024x768.jpg 1024w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2-200x150.jpg 200w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2-768x576.jpg 768w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_2-1536x1152.jpg 1536w" sizes="(max-width: 1613px) 100vw, 1613px" /></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>ところでこの街の坂道のアップダウンはただ歩くだけでもしんどいのですが、舞台道具を持っての移動は無理！と判断し、パフォーマンス場所の移動のときは、スタッフの方に運んでいただきました。坂だけでなく長い階段を上らなければならない場所もあったので、これはとてもありがたかったです。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="2560" height="773" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-scaled.jpg" alt="" class="wp-image-925" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-scaled.jpg 2560w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-300x91.jpg 300w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-1024x309.jpg 1024w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-768x232.jpg 768w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-1536x464.jpg 1536w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_3-2048x618.jpg 2048w" sizes="(max-width: 2560px) 100vw, 2560px" /></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>加納真実さんは、海外公演の経験もかなりありますが、イタリアは初めてということで、パフォーマンスの合間にだすサインボードをイタリア語に翻訳するのに苦慮しました。国民性を考えると、直訳では伝わらないこともあるので、イタリア人の友人やイタリア語ができる友人に頼んで、パフォーマンスの意図に沿って翻訳してもらいました。その甲斐もあってか、パフォーマンスは大盛況でした。日に日に観客は増え、街ゆく人々に、「よかったよ！」と何度も声をかけられました。露店の皆さんも観にきてくださった方々もおり、露店に立ち寄ると、「恋人は見つかった？」と作品の内容について、声をかけてくれる方もいました。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="2016" height="1512" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4.jpg" alt="" class="wp-image-926" style="object-fit:cover" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4.jpg 2016w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4-300x225.jpg 300w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4-1024x768.jpg 1024w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4-200x150.jpg 200w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4-768x576.jpg 768w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_4-1536x1152.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 2016px) 100vw, 2016px" /></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>笑いは気持ちいいぐらいにドカンドカンと湧き、パフォーマンスと観客が一体になっているのを実感しました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">他のパフォーマンスを見ているときも感じたことですが、観客はフェスティバルを見にきているので、楽しもうという気持ちでいるからというのもありますが、パフォーマーを尊重し敬意を払う気持ちがとても感じられ、意識の高さも実感しました。嬉しかったのは、音響スタッフやボランティアスタッフも大笑いしてくれていたことです。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img loading="lazy" decoding="async" width="768" height="1024" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_5-e1727149269482-768x1024.jpg" alt="" class="wp-image-927" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_5-e1727149269482-768x1024.jpg 768w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_5-e1727149269482-225x300.jpg 225w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_5-e1727149269482-1152x1536.jpg 1152w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_5-e1727149269482.jpg 1512w" sizes="auto, (max-width: 768px) 100vw, 768px" /></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>街の中でも移動がとにかく簡単ではなかったので、他のパフォーマンスはあまり見ることができませんでしたが、とてもよかったのは、静岡にも来日していた、フランスのClaire Ducreux（クレール・ デュクルー）。Fleurir les abîmes<strong>（</strong>翼を広げて）という、初演となるダンス作品でしたが、円形の小さなステージに1本の木があり、この木とパフォーマーの関係が私たち人間と世界との関わりを表しているようでした。とてもポエティックに静かに作品を進行していきますが、その静けさの中に、平和に対する強い意志のようなものを感じました。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img loading="lazy" decoding="async" width="1024" height="768" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-928" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6-1024x768.jpg 1024w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6-300x225.jpg 300w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6-200x150.jpg 200w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6-768x576.jpg 768w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6-1536x1152.jpg 1536w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/09/Photo_6.jpg 2016w" sizes="auto, (max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p class="wp-block-paragraph">そして面白かったのがフランス版のぞきからくり（のようなもの）。日本ののぞきからくりとは少し違い、円形の筒状の樽のような形のものをのぞき穴からのぞくのは同じかと思いますが、その円形の中は精密に作られた劇場です。舞台があり、そこで繰り広げられるショーと、そのショーを見る観客席の観客たち。観客もひとりひとり微妙に動いたり、ざわめきがあったり、舞台は照明も変わっていったりします。約10分ぐらいの上演で、1回に10名ぐらいしか入れません。観客の背丈を見ながら、あなたはこの穴からと案内されるのですが、私はずっと中腰で観なくてはならなかったので、腰の痛みと闘いながらの観覧となりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">彼らの移動は車がメイン。時々船も利用するとのことでしたが、作りが精密なので、飛行機には載せられないと言っていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">パントマイムというノンバーバルなパフォーマンスは身体で見せ、観客を魅了するものなので、世界どこでも通用しますが、今回は改めて加納真実さんの身体表現の豊かさを実感しました。　　</p>



<p class="wp-block-paragraph">他の国のフェスティバルのオルガナイザーからも声をかけられたので、恐らく来年もどこかの国に出没するのかもしれません。その時はまた、付き人？で同行したいなあと密かに思いながら帰国しました。</p>



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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="192" height="192" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono.jpg" alt="" class="wp-image-45" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono.jpg 192w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 192px) 100vw, 192px" /></figure>

</div>


<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">

<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大野洋子</strong></p>


<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。</p>

</div>

</div>

</div></div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
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		<title>プラハサーカスフェスティバル滞在記</title>
		<link>https://www.accircus.com/top/2020praha/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[長屋あゆみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Sep 2020 06:34:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[トップ表示]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
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					<description><![CDATA[2019年の5月に参加したキエフのサーカスフェスティバル「ザラトーイ・カシュターン」で、同じ審査員だったチェコのフェルディナンド・カイザーから、2020年2月1日・2日にプラハで行われる『CIRKUS CIRKUS』とい [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph">2019年の5月に参加したキエフのサーカスフェスティバル「ザラトーイ・カシュターン」で、同じ審査員だったチェコのフェルディナンド・カイザーから、2020年2月1日・2日にプラハで行われる『CIRKUS CIRKUS』というフェスティバルに審査員として招待したい、という嬉しい連絡をもらったのは2019年12月の年末。ギリギリまでスケジュールなどの詳細がはっきりしなかったこともあって、1月27日に航空券を買って1月30日に日本を発つ、というバタバタスケジュールでプラハ行きが決まっていった。</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-resized is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="190" height="190" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg" alt="" class="wp-image-42" style="width:190px" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg 190w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 190px) 100vw, 190px" /></figure>
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>辻卓也</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">株式会社アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロデューサー。ロシアやウクライナ、東欧などからサーカスアーティストの招聘が比較的多い。その他、ショウの演出やフライヤーデザインなどを行うことも。長身</p>
</div>
</div>
</div></div>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>〜 暖かいプラハ 〜</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>1月30日（木）</strong></h3>



<p class="wp-block-paragraph">成田空港からアエロフロートでモスクワ経由でプラハに向かう。成田空港でお土産を物色していると、新型肺炎COVID-19の影響で、空港にいる人たちのほとんど、欧米人らしき人たちまでが珍しくマスクをしているのに気づく。雪の降るモスクワのシェレメチェボ空港に着くと、着陸してから機体から降りるまで1時間くらいかかったのに加えて、空港は恐ろしい広さで、再度行われるセキュリティチェックやパスポートコントロールでは、利用者に対してそれに対応するスタッフの数が圧倒的に足りない。ギリギリの時間でプラハ行きの飛行機に向かうバスに乗り込み、夜、プラハ空港に到着。フェスティバルが用意してくれた迎えのハイヤーに乗り込み、プラハ7区にあるBELVEDEREというホテルに着くと、刺青だらけの親切なレセプションのお兄さんが迎えてくれたのだが、私が30日から宿泊というのがフェスからホテルに伝わっていなかったみたいで、フェルディナンドの娘のクララに電話してホテルに説明してもらったりして、23時頃になんとかチェックイン。ホテルは歯ブラシとスリッパがないこと以外は快適で、持参した服をハンガーにかけて、ホテルの近所の華僑がやっているキオスクで念願のチェコビールと軽食を買って、寝酒を飲んで就寝。チェコは一人当たりのビールの消費量が世界一で、ビール好きにはたまらない国。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>1月31日（金）</strong></h3>



<p class="wp-block-paragraph">この日は午後からサーカス場に行く予定で、午前中は近所の郵便局で、4年前に私の家にホームステイをしていたチェコの学生に、彼女の子供の誕生日用に甚平と蕎麦猪口を送り、その後、美しい旧市街を散策する。中央広場からカレル橋、プラハ城という定番ルート。前回私がプラハに来たのは2001年の12月で、東欧の冬は-10度以下でとても寒かった記憶があるのだが、今回は連日10度を超える暖かさ。異常気象だ。ホテルに一度戻り、徒歩で10分ほどの場所にあるサーカス会場レトナ公園に向かう。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/praha-7-1024x549.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェステント入口</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">アイススケートリンクの向かいにあるレトナ公園の広場にサーカステントが建っているものの、まだあまり準備が整っていない感じだった。入り口の看板を他のスタッフと一緒に立てている屈強な男性はパオロ・カイザー。数年前に静岡にも来たことがあるローラーボーラーのアーティストで、私を呼んでくれたフェルディナンドの息子である。私の顔を見て「フェルディナンドが中で待ってるよ！」と声をかけてくれた。<br>サーカス場はフェスティバルのリハーサルの真っ最中。しばらくしてこのフェスのプログラム・ディレクターを務めるフェルディナンドを見つけて抱擁。「よく来てくれた！なにもかも遅れてるんだ！」と普段穏やかな彼が少し興奮気味に話している。これまで情報がなかなか届かなかったことを考えても想像がつく。この「CIRKUS CIRKUS」というフェスティバルは今回で5回目のフェスティバルなのだが、最後の開催が2013年。ここ何年かは資金難で開催ができなかった。今回は800人規模のテントを使って行っているが、前回までは2,000人規模の巨大なテントで、番組数も多かったという。参加国はチェコ、メキシコ、スペイン、イギリス、フランス、ウクライナの6カ国で14のプログラム。政府からは何も援助は受けていない。それでも久しぶりに開催できたのは良かったね、と話すと、来年はもっと大きな規模で開催したい、とフェルディナンドが力強く話す。お土産に「いままで飲んだことがないよ」という日本酒を渡した。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/praha-1-1024x768.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェルディナンド・カイザーと</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">サーカス場をしばらく見たあとに、ウクライナから来ている鉄棒のイーゴリ・ベイバックのグループに会う。このグループは2020年3月からリトルワールドで働いてもらうグループで、日本を発つ数日前に、このグループとプラハで会えることがわかっていた。このグループはフェスの最後の番組なので、リハまで少しのあいだ春からの日本での仕事についての話ができた。また、何人かの出演アーティストが声をかけてきてくれた。「日本で仕事をしたいんだ」と熱心に売り込んでくる人も。<br>リハを眺めていたが、最後のフィナーレのリハは、何カ国語が飛び交っていたかわからない。1人のスタッフがしきりにいろいろな言語を使って指示をしている。どこもショウの作り方はあまり変わらないなあと思うが、時間に追われた現場で通訳を介していたらタイムラグが生じてうまく伝わらないだろう。ウクライナのバレエの女の子が最初にでてきて、アーティストがあとから登場する。お客さんをいかに盛り上げるか、をポイントにセレモニーを作っていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">20時頃にリハが終わり到着している審査員一向で旧市街に夕食を食べに行くことになった。テントから一緒に行くメンバーはドイツで古くから存在するBush Roland Cirkusのディレクター、フィリップ・ガイアー・ブッシュ、そのパートナーでロシア出身のユリア、スペインのAlbaceteのフェスのディレクター、アントニオ・アルヴァレス、など。パオロが車で旧市街のチェコ料理レストランCafé Svatého Václavaに車で向かう。1968年のプラハの春、1989年のビロード革命の時に、デモ隊が集まったヴァーツラフ広場に面したレストランで、多くの観光客で賑わっていた。到着するとすでに他の審査員や関係者がたくさん来ていてお互いが旧交を温めていた。ヨーロッパの伝統的なサーカスの世界は、濃厚な関係の中で相互に助け合って成り立っている空気を感じる。フィナーレを仕切っていたスタッフが途中から訪れた。彼はこのフェスの総合ディレクターで、フェルディナンドの甥、アルトゥール・カイザー。また、Bush Rolandのフィリップも本名はカイザーで、パウロとアルトゥールの従兄弟だという。チェコのサーカスはほとんどがファミリーで、その親戚たちがヨーロッパ中に散らばって独自の助け合いの世界を作っている。アントニオがディレクターを勤めているAlbaceteのフェスティバルは円形の舞台が作れる美しい劇場のフェスティバルで、私が知っているアーティストも何人か出ているようだ。他にもイタリアから来ているクラウンや、スウェーデンのサーカスのディレクターなど、パートナーがチェコ人であったり、チェコのサーカス社会に関わりのある人たちが多く集まっている。こういう場に参加すると英語はあまり頼れる存在ではなく、チェコ語以外ではドイツ語、フランス語、スペイン語が会話の中心となる。旧東側では英語とロシア語なら、ロシア語を話しているサーカス関係者が多い。この日は24時頃ホテルに戻る。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>〜 サーカスと動物とフェスティバル ～</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>2月1日（土）</strong></h3>



<p class="wp-block-paragraph">フェスの1日目、12時にサーカス会場に向かい、サーカステントに入るとすぐに、キエフのサーカスの前総裁リュドミラ・シェフチェンコとリヴォフのサーカスのロマン・ズドレニュークと再会する。彼らは去年の5月にキエフの「ゴールデン・カシュターン」で同じ審査員としてお世話になった人たちで、再会を祝し、スタッフの控え室兼宴会場の同じテーブルに座る。控え室には次々といろいろなサーカスの関係者が訪れる。リトルワールドの「フィンランドサーカス」の時に日本に来ていた、サーカス・フィンランディアのディレクター、カーレ・イェレンストロンも審査員として来ていたので挨拶をする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">トラディショナルなサーカスの関係者が集まると、やはり話題になるのは欧州の動物芸の今後について、である。ついにキエフのサーカスも2021年いっぱいで動物芸をやめなくてはならない。だれかが動物を引き取ってくれるわけでもないし、集客にも大きく影響するし、これから本当に大変だという。ある国のトラディショナルなサーカスのディレクターが現れたので、私たちの会社はあなたの国の、あるコンテンポラリーなサーカスと仕事をしたことがある、とそのカンパニー名を伝えると、最初そのディレクターは怪訝な顔をして何度もそのサーカスの名前を聞き返すので、私の発音が悪いせいだと思って名前を紙に書くと「ああ、あれはサーカスじゃないわ」と言う。面食らってこんどはこちらが怪訝な顔をしていると「だって動物がいないもの」と。こういったコメントはこの人に限ったことではなく、チェコに滞在中トラディショナルなサーカスで生きる人たちからこの言葉を二度三度耳にした。一方でコンテンポラリーなサーカスのフェスがプラハであっても、トラディショナルなサーカスの人はあまり見に行っていなかったようだ。以前、コンテンポラリーサーカスのヨーロッパのネットワーク組織「シルコストラーダ」のメンバーが大勢日本に来たとき、メンバーの何人かと話をした。コンテンポラリーなサーカスも好きだけど、私が仕事で関わるサーカスの大半はトラディショナルなサーカス側である、という話をした時、彼らは彼らでトラディショナルなサーカスに対して、あまり良い感情を抱いていなかったように見えた。サーカスから動物が消えていくことは、今の世の流れからすれば後戻りはできないところにあり、あとはどのくらい時間をかけて、ということしかないだろう。ただそれにしても、この明らかな溝に感じる寂しさは、サーカスがあらゆるものを包括して存在する、という、それらしき幻想的なイメージを、私が勝手に遠い過去から引っ張り出しているだけなのだ、ということを思い知らされる。馬を含めたあらゆる動物がサーカスからいなくなった時、サーカスリングは直径13メートルの円形である必然はなくなり、多くのサーカスが円形舞台を止めるかもしれない。何も隠しおおせない円形舞台に魅了される私は、それが心配でならない。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/praha-5-1024x711.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェスのチラシ 表</figcaption></figure>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/praha-6-1024x730.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェスのチラシ 裏</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">たくさんの審査員がヨーロッパ各地から集まる。やっと全員揃った時点で、アルトゥールが採点方法についてチェコ語で話をして、パオロがドイツ語とスペイン語でその通訳をする。このあとでフェルディナンドが「わかった？」と聞きに来てくれたので「わからない」と答えると、ロシア語で説明をしてくれる。あまりロシア語がわからない私は、まあ、なんとなくわかったかな、というノリで、いざ、客席の最前列に座り、ショウと審査が始まる。<br>男女のリングマスターの司会進行で、最初はメキシコのジャグラーからスタート。前半で7演目が行われる。印象に残ったアクトは、チェコのアントニオ・ナブラチルによる「ワシントン・トラペーズ」とエミール・ファルッティーニによる「ラダー」のアクトである。エミールは1990代にリトルワールドのヨーロッパサーカスで来日したことがあり、その当時はまだ子供だった。今は、親子で家族に伝わる芸を引き継ぎながら、主にアメリカで働いている。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/opening-1024x679.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェスのオープニング</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">中休みに控え室で用意されているビュッフェを食べて、後半が始まる。後半で印象に残っているのは、前半シーソーでネタをやっていたチェコのサーカス一家の一つ、ウルフ姓の2人によるコメディ。前半のシーソーのネタはそれほど面白いと思わなかったのだが、ブランコのネタは本当に面白かった。大男と小男というクラシックな関係性のコメディが秀逸の番組だった。後半で印象的だったのは、チェコのケリーとアンジェリカという女性デュオによる噛む力で2人の体を支える「ティース・ストラップ」、同じくチェコのアラン・サルクによる「バウンシング・ボール」、そして最後のウクライナのベイバックチームによる「鉄棒」の演技である。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/tetsubo-1024x768.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">イーゴリ・ベイバックグループの鉄棒</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">第一回目の公演が終わって、控え室で採点。最初全演目に点数をつけていたのだが、一位から五位を決めて、5点〜1点で計算して欲しい、とのことだった。審査員特別賞はある演目にしようかと思ったが、他の審査員と被ってしまうので、「ワシントン・トラピーズ」のナブラチルに渡すことにした。<br>この日二回目の公演は審査もないので、リラックスした雰囲気で始まる。最初に大量の紙テープを舞台上に飛ばしたせいで、オープニング後にショウが中断。パオロたちが必死で清掃する姿を見て、また大盛り上がりとなった。最後の演目が終わる前に審査員は全員裏側に回りセレモニーの準備をする。とは言ってもセレモニーは事前に何もリハーサルもなく、授賞式が始まるとチェコ語の進行の中で、突然私の名前が呼ばれたので、サーカスリンクに駆けつけるものの、段取りがあまりうまくいってないようで、結局一度引っ込んでまた外で待機。しばらくしてまた名前を呼ばれて審査員特別賞をアントニオに渡す。金賞はバウンシング・ボールのアラン・サルクが受賞した。セレモニーの後に控え室で宴会が始まり、出演者、スタッフ、審査員がごったがえす。何人かと歓談して、24時頃宿舎に戻る。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>〜 嬉しい再会 〜</strong></p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>2月2日（日）</strong></h3>



<p class="wp-block-paragraph">当初この日にフェスの最終日である日曜日に審査があると思っていたのだが、昨日審査員の仕事は終わってしまったので、午後のフェスの最後の公演の時間まで、メトロ、トラムの24時間乗り放題のチケットを買って、プラハ市内のハヴェルスカー市場やマサリク駅などを見学。今回とにかく便利だと実感したのがGoogle Mapを使ったメトロとトラムの乗り換え案内だ。市内のどこにいても行きたい場所やホテルまで、現在時刻からの乗り継ぎを瞬時に教えてくれる。その便利さに驚きながら、結局逆方向の電車に乗ってしまったりするのが、テクノロジーを使う人間の不完全なところ。その後14時のフェスの公演をもう一度見に行く。今回会場となったテントはチェコのBerousek家のテントで、4本マストのシンプルなものだけど、見やすくてとても居心地の良いテントだ。LED照明も物足りない感じはなく臨場感に溢れ、アーティストが美しく見える。この日も満員。公演後にフェルディナンドとクララに招いてもらったお礼を述べると、「来年はもっと良いフェスになるから、また来てくれ」と嬉しい言葉をもらう。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><strong>2月3日（月）</strong></h3>



<p class="wp-block-paragraph">昨晩スイスで仕事を終えて夜中700kmの道のりを寝ずに運転してプラハに戻ってきてくれた、ディミトリ・スタウベルトが朝の7時30分にホテルに迎えに来てくれた。ディミトリは2004年に初めてリトルワールドでACCと仕事をして、その後、北海道、兵庫、福岡などで、2004年、2005年、2015年と一緒に仕事をした仲だ。2015年の春まではお姉さんと、2015年の夏から姪と仕事をしているパーチのアーティスト。彼の演技がいかに力強いかは、2018年のモンテカルロで銀賞を獲った事実が何よりも物語っている。プラハでディミトリに会えずに帰るのは心残りだったので、駆けつけてくれたのがとても嬉しかった。ディミトリは家に寄る前にまず、旧東側時代にチェコの国立サーカスだった建物に案内してくれた。<br>1997年までサーカス場として使っていたが、今では博物館になっていて自由に出入りできる場所ではないが、7代続くサーカスファミリーのディミトリにとって、この辺りは子供時代の遊び場だったという。施設の目の前には鉄道の線路が走っていて、そこから貨物車に舞台道具や動物を入れて、旧ソ連圏に鉄道でツアーに出かけた。<br>（写真とキャプション：旧チェコ国立サーカスだった建物）</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/praha-2.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">旧チェコ国立サーカスだった建物</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">彼の話を聞いていると、アーティストはたくさんいながらも、チェコのサーカスの世界は狭く、多くのファミリーは親戚付き合いで助け合いながら存続している。今回はスイスの仕事の関係で参加できなかったが、「CIRKUS CIRKUS」も、普段は運転手をしたりいろいろ手伝っているらしい。「モンテカルロの後に何か生活は変わった？」と聞くと、にっこり笑って数年先まで忙しくなった、と。やはりモンテカルロはアーティストの生活を変えるようだ。<br>プラハ4区の閑静な住宅街にあるスタウベルト家は、庭にパーチの練習装置、リメイクした濃紺の巨大なトラック、将来自分のサーカスでカフェに使いたい、と言っているコンテナなどを見せてもらう。家に入ると、姉のエンリカ、姪のナンシー、そしてお母さんのメディナが歓迎してくれた。メディナは代々続くサーカス一家スティプカ家出身のパーチの支えるアーティストだった。エンリカ、ディミトリ、ナンシーにサーカス芸を叩き込んだ彼女は80歳を超える今でも矍鑠としている。彼女はソ連時代に来日経験もあり、90年代にACCがカナダのサーカスをプロデュースする前に宝塚にも来たことがあるという。彼らが受賞したさまざまなトロフィーを見せてもらい、朝ごはんを食べながらフェスティバルのこと、今のサーカスの潮流について、いろいろな話ができて楽しかった。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2020/09/praha-3-1024x799.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">スタウベルと一家と</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">彼らにとっても動物が出てこないサーカスは、これまでのサーカスとまったく違うものだ、という認識がある。ディミトリは相変わらず穏やかで、とても居心地の良い時間を過ごさせてくれた。彼は酒を飲まないので、日本から持ってきた日本酒をメディナに渡し、お返しに梨で作ったウォッカをいただく。<br>空港までディミトリに送ってもらって、そこでお別れ。次にプラハに行けるのはいつだろうか。いずれにしても、この広いようで狭いサーカスの世界での繋がりを、これからも大切にして行きた</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-resized is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="190" height="190" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg" alt="" class="wp-image-42" style="width:190px" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg 190w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 190px) 100vw, 190px" /></figure>
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<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>辻卓也</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">株式会社アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロデューサー。ロシアやウクライナ、東欧などからサーカスアーティストの招聘が比較的多い。その他、ショウの演出やフライヤーデザインなどを行うことも。長身</p>
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		<title>キエフ・フェスティバル滞在記 2019年5月27日〜6月4日</title>
		<link>https://www.accircus.com/news/2019kiev_fes/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[長屋あゆみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 15 Dec 2019 06:51:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[トップ表示]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
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					<description><![CDATA[キエフの国立サーカスで毎年行われる、若い世代のサーカスフェスティバル『ザラトーイ・カシュターン』に審査員として参加してきました。10歳にも見たない子供たちが大人顔負けの素晴らしい演技をすることに心底驚かされながら、このウ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">キエフの国立サーカスで毎年行われる、若い世代のサーカスフェスティバル『ザラトーイ・カシュターン』に審査員として参加してきました。10歳にも見たない子供たちが大人顔負けの素晴らしい演技をすることに心底驚かされながら、このウクライナという国のサーカスアートの奥深さを感じることができる1週間でした。番外編もご覧下さい。</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-resized is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="190" height="190" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg" alt="" class="wp-image-42" style="width:190px" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg 190w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 190px) 100vw, 190px" /></figure>
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<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>辻卓也</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">株式会社アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロデューサー。ロシアやウクライナ、東欧などからサーカスアーティストの招聘が比較的多い。その他、ショウの演出やフライヤーデザインなどを行うことも。長身</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　今年の2月に久しぶりにジーマ（ディミトリー・トゥルキエフ）からメッセンジャーで連絡をもらった。彼とは2005年にルスツリゾートと姫路セントラルパークで、サーカスをプロデュースする際にデュオの空中ストラップで参加してもらった以来の付き合いで、彼と一緒に仕事ができたのはこの一度きりだけなのだが、その後、彼が同じストラップの番組でドゥ・ソレイユ の『CORTEO』のアーティストとして日本に来た時に、公演に招待をしてくれたり、一緒に飲みに行ったり、当時のサーカス文化の会の会合にCORTEOのアーティストたちを連れてきてくれたり交流が続いた。いろいろな話をした中に、将来の夢という話の中で、「象と生活をしたい」と彼が言っていたのをよく覚えている。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_01_2005.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">2005年、前列右がジーマ、後列左が著者</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">　ウズベキスタン生まれのウクライナ人の彼は、最近はドイツで働くことが多いようで、最近では演出の仕事もいろいろと手がけている。メッセンジャーでは5月末にキエフの国立サーカスで開かれる若いアーティストたちのサーカスフェスティバル「 Золотой Каштан」（ザラトーイ・カシュターン ＊金の栗という意味）＜<a href="http://fest.circus.kiev.ua/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">http://fest.circus.kiev.ua</a>＞に、審査員として来ないか？という誘いだった。私はフェス審査員の経験はなく迷った部分もあったのだが、頻繁にあるチャンスではなかろうし、何よりも一緒に働いたアーティストがフェスティバルに私を推薦してくれた、ということが嬉しかったので引き受けることにした。キエフは2000年と2005年以来、14年ぶり3度目。</p>



<h3 class="wp-block-heading">5月27日（月）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">時間がなかったので成田空港で小分けにできるお土産を買い込んで、トルコ航空の夜遅い便で出発。イスタンブール経由なのだが、イスタンブールの大統領肝煎りの新しい空港は散策する気にもならないほど馬鹿でかいものだった。数時間のトランジットでキエフに朝の9時頃に到着。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_02_kievairport.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">キエフ空港</figcaption></figure>



<h3 class="wp-block-heading">5月28日（火）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">空港に迎えにきてくれたキエフ国立サーカスのスタッフの車でキエフ市街へ。渋滞を避けるためにかなりぶっ飛ばされたので怖かった。ホテルに着くと、フェス審査員コーディネーターのマリーナがロビーで到着したばかりの中国チームの世話をしていたところだった。マリーナから更新された審査員の予定表をもらうが、かなりタイトなスケジュールだ。荷物をホテルに置いて一緒に国立サーカスに向かう。マリーナはアーティストとして二回、日本に来たことがあるという。1980〜90年代にかけて、夫と息子とジャグリングや皿回しの芸を経て、その後は動物の芸を長年やってきた。キエフの国立サーカスでこれから行われるレギュラーショウは、彼女の息子がイリュージョニストとして、ポスターの真ん中に掲載されている。サーカス一家である。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_03_kievcircus.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ホテルの窓から見えるキエフ国立サーカス</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">ホテルから目と鼻の先にあるサーカス場の近くにくると、ぷーんと、サーカス場独特の匂いが漂う。動物の匂いだ。サーカス場ではフェスの場当たりリハーサルの最中で、最初にキエフ国立サーカスの前総裁リュドミラ・シェフチェンコに挨拶をする。皆からマダムと呼ばれているリュドミラと亡くなった夫のウラジーミルは、ソ連時代からの有名な猛獣使いのアーティストで、多い時は21頭のライオンとショウをしていたという。リュドミラの前はウラジーミルがキエフのサーカスの総裁を勤めていた。サーカスのオフィスでリュドミラにシェフチェンコ夫妻の立派な写真集<strong>「клетка для двоих」</strong>をもらう。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_04_book.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">シェフチェンコ夫妻の写真集</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">また、2014年に日本で一緒に仕事をした対面式ロシアンスイングのディディック親子に会うことができた。父セルゲイは対面式のロシアンスイングを初めて行ったアーティストだ。息子のジェーニャが父の後を継いでリーダーとなって、現在キエフのサーカス場で行われているレギュラーショウのトリの演目として、この恐ろしい演目を率いている。サーカスの世界は広いようで狭いのでサーカスをやっているところに行けば、誰かしらとこうして旧交を暖めることができるのが嬉しい。正午をすぎてチェックインできる時間になったので、ホテルに戻ってやっと荷解きをする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">到着日の午後はオフだったので、荷解きをして近所のスーパーで買い物をした後に、夕方に昨年一昨年と日本で一緒に仕事をしたジャグラーのルスラン・フォメンコと会う。近くのグルジア料理店でグルジアビールと58度もするチャチャを飲んで食事をしながら、今のキエフのサーカスの状況や、大統領が変わった後のウクライナの近況などを聞く。レストランを出てキエフの中心地の独立広場（通称マイダン）の方まで歩いて行き、途中でルスランと別れる。2014年、多数の死傷者がでたウクライナ騒乱の中心地だったマイダンは、現在もその時のモニュメントが立ち並ぶものの、現在は穏やかで市民達の憩いの場に戻っている。ヨーロッパには必ずこういう市民がリラックスできる広場が都市の中心部にあって、それはとても有意義なことだと思う。広場があればすぐに建造物を作り、広場からベンチを撤去したり、たとえベンチがあっても、最近では嫌味な手すりをわざわざベンチの中心に設えて、人がベンチで横たわれないようにする、弱者を排除する日本の冷たい行政を省みる。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_05_maidan.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">キエフ独立広場　マイダン</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">マイダンで休んでいると、少し離れたところにウィスキーのボトルを持って泥酔した若者がいて、私のことをちらちら見ている。困ったなあと思っていたら、その若者は意を決して、私のところにやってきて自己紹介をしながら、「キノ（ソ連時代の有名なロックバンド）はいいぞ。君はビクトル・ツォイに似てるな！」と言いながら、ウィスキーを飲もうと誘ってきた。ツォイは韓国系のロシア人なので、アジア人の私を見てそう思ったのだろう。悪い人ではなさそうなのだが、あまりに酔っ払っている若者だったので、謝ってその場を立ち去る。背後から「プラスチーチェ（ごめんなさい）」という彼の気落ちした声が聞こえた。少し悪いことをしたかな、とも思いながら初日から見知らぬ若者と一緒に泥酔するわけにもいかないので、日が沈まない21時過ぎのキエフ市街を歩いてホテルにもどる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">5月29日（水）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">中国の湖南省長沙から来ているフェス参加チームと一緒に、午前中キエフの「サーカスとヴァラエテーアート公立学校」（通称サーカスアカデミー）（<a href="https://circusacademy.kiev.ua/en/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">KYIV MUNICIPAL ACADEMY OF CIRCUS AND VARIATY ARTS</a>）を訪問する。最初にサーカスのクラスへ行くと、去年まで沢入にいて現在はこちらの先生に復帰したナージャ先生はこの日はおやすみだったのだが、過去にリトルワールドやルスツリゾートなどで一緒に仕事をし、ドゥ・ソレイユの「OVO」にも空中ロープで出演していたジーマ（ディミトリ・オーレル）が、教師として働いていて再会を祝う。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_06_dmitriorel.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ディミトリ・オーレルと</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">今日はアカデミーのガラショウがサーカス場であるので、普段の三分の一程度の生徒しか練習をしてないとのことだったが、たくさんの生徒が練習をしているように見えた。アカデミーは芸能全般の学校なので、サーカス以外にも歌やパントマイム、クラウニング、ダンスを習っている生徒達がいる。全体で400人くらいの生徒、その中でサーカスを勉強しているのが150人くらい。サーカスを教える先生は10人くらいで、ジャグリング、空中芸、アクロバット、などそれぞれの専門の先生がいる。ウクライナ国籍以外の生徒達もいて、現在はフィンランド、アラスカ、ドイツ、メキシコから生徒が来ている。その子達が集まっていたので挨拶をしに行くと、フィンランドから来ているミハエラという女の子が、春のリトルワールドに来ている「フィンランドサーカス」のメンバーとヘルシンキのサーカス学校で同級生だった、とのこと。サーカスの世界は狭いねえ、と皆で笑う。</p>



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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_07_circusschool.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">サーカス学校構内</figcaption></figure>
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_08_circusacademy.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">サーカスアカデミー外観</figcaption></figure>
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<p class="wp-block-paragraph">サーカス学校にはオンラインで申し込みをしたそうで、キエフのサーカス学校は有名だし、自分たちを高めてくれる、と思って申し込んだそうだ。素直で前向きな彼らを見て、どこも経済的に大変だけど、サーカスの未来は決して暗いわけではないよね、とジーマと話す。ジーマの他にこの日はアイスダンス出身の先生、そして長年多くのアーティストを育ててきたジャグリングの先生もいた。サーカスクラスを見終えて、次はサーカス以外のクラスを教えている建物に行く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こちらは2005年に場所を移転したそうで、前に来た時と場所が違っていて、最初どこに着いたのかわからなかった。鉄道のキエフ駅の近くにあるわりと新しい建物。最初に訪ねた歌の教室では私たち訪問者に、女の子2人が美しい歌を披露してくれた。マイムの部屋では、フォー・マティックスという最近キエフで売り出している4人のグループと、在校生がいろいろなショウを見せてくれた。皆しなやかで体がよく動く。マイムの先生はどこかで見覚えがあると思ったら、2000年に五人囃子と学校を訪れた時に授業に参加させてくれて面倒を見てくれた、ナターリア先生がまだ現役で教えていたのだった。ネット上に残っている五人囃子とナターリア先生が一緒の写真を見せたら、思い出したようでとても驚いていた。「20年前はこんなに若かったのよ」と言って、皆に嬉しそうに写真をみせていた。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_09_2000circusacademy.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">2000年 五人囃子と当時の在校生と</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">ホテルにもどって、15:30にロビーに集合。マリーナがすでに迎えに来てくれていて、続々と他の審査員達が集合。各国で行われるサーカスフェスの審査員は重複していることが多いので、お互い顔見知りのメンバー多い。他の審査員の多くは、フランス、スペイン、イタリア、チェコなどのサーカスフェスティバルや、国立サーカスのディレクターだったり、各国のサーカス協会などの仕事をしている人が多い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">皆でサーカス場のカフェで昼食。食事をしていると、国立サーカスの新しい総裁のコルニネンコ氏が登場。彼は5月の総裁選挙の前までは、サーカスアカデミーの校長をしていた人である。17時頃に昼食が終わってしばらく休憩したのち、サーカス場の席に座ると、ミミクリーチや五人囃子の演出家で、五人囃子ツアーで初めてウクライナに行った時に、いろいろ世話をしてもらったクリューコフ夫妻が目の前に現れ、久しぶりに挨拶をすることができた。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_10_fesposter.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェスのポスター</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">サーカスアカデミーのガラショウ「Circus Academy 2019」が始まる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">このショウは毎年、行われているサーカスアカデミーを挙げてのショウで、サーカスだけでなく歌やダンス、マイムなどのアカデミーの様々なジャンルのアーティストが、在校生を中心に出演する。今年の演出は2005年に静岡にも来たことがある「サーカス・ビンゴ」の演出家、イリーナ・ゲルマンによるもの。サーカス、歌、踊りなどが交互に目まぐるしく演じられるショウは、エネルギッシュで、バーレスクな感じの美しさが、ビンゴに似たイメージを喚起させたが、魅力的なショウだった。</p>



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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_11_galashow.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ガラショウのポスター</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_12_galashow2019.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">Circus Academy 2019のフィナーレ</figcaption></figure>
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<p class="wp-block-paragraph">サーカスが終わると、客席で2002年のフール祭に参加した女性クラウンのタミラに出会う。現在の彼女は、サーカスで三人組のクラウンの番組を作っていたり、映画で女優の仕事もしている。他には何人も初対面のアーティストたちが自己紹介をしてくれて、そして売り込みを受ける。外に止めてあった車まで連れて行かれてDVDを見せてくれた人もいた。その後は、サーカス場の貴賓席控室での宴会に参加する。クリューコフ夫妻にサーカス資料館に彼らが植えた桜が大きくなった写真を見せると、目を細めて懐かしそうに喜んでいた。スペインの Gironaという町で行われている大きなフェス<a href="https://circusacademy.kiev.ua/en/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">『Festival Internacional del Circ Elefant d’Or』</a>のディレクター、デニス・マタボッシュと話をしていると、今まで一緒に働いたことのある多くのアーティストがそのフェスに参加していた。彼がフェスに参加させたいアーティストの演技をネットで確認するために動画を検索すると、よくリトルワールドのショウの動画に行き当たるらしく、彼はリトルワールドのショウはユニークでとても好きだと言う、嬉しい言葉。昼間サーカスアカデミーを案内してくれたサーカスの歴史の先生や、他の審査員のメンバー、その他、いろいろな国からエージェントやプロデューサーがゲストとしてフェスティバルを訪れていた。宴会に参加していた人たちと交流をして、22時頃にホテルに引き上げる。</p>



<h3 class="wp-block-heading">5月30日（木）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">7時に起きてホテルの朝食を食べる。ウクライナ料理の多くはハーブのディルの香りがして美味しい。今日はフェスの1日目なのだが、その前に午前10:00からサーカス場で、サーカスアカデミーの卒業生による卒業試験が行われる。始まる前にナージャ先生に会えたのでご挨拶。各国からサーカスのプロデューサーやエージェントが見に来ているこの日は、サーカスアカデミーにとってとても大事な日で、ドレスアップしているナージャ先生はスマートで若々しく見える。他にもジーマやクリューコフ夫妻を含め、学校関係者がたくさん顔を見せていた。これまで何度も日本で一緒に仕事をしたパーチのヴィクトル・ヤーロフの娘、ジアーナにも会うことができた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">卒業試験公演は最初にナージャ先生の教え子の空中リングから始まる。シンプルで力強いアクトだった。他にもリングの吊り点とリングの両側3点にスイベルがついて、自在にリングが回転する空中リングや、麺状の細かい細いロープを使ったものや、あまり見たことのない新しい道具を使った演目が多かった。サーカスの道具も進化している。全部で16演目、試験に出ていた多くのアーティストが昨日のガラショウに出ていたし、卒業試験公演とはいえ、すぐにも大きなサーカスで働いて遜色のない演目ばかりだった。</p>



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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_13_graduate2019_finale.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">卒業公演のフィナーレ</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_14_graduate2019.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">卒業公演のパンフレット</figcaption></figure>
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<p class="wp-block-paragraph">卒業公演を２時間くらい見て、フェス前の審査員ミーティングの前に少し雑談。ラトビアのロリータ・リピンスカとは、政府の文化支援の方向性について。ソフトではなくハードにお金をつぎ込みがちなのは、どこの政府も似たような話を聞く。ハンガリーからはジャグラーのクリスチャン・クリストフ。彼はティム・バートンのディズニー映画「ダンボ」に登場するサーカス団をプロデュースし、劇中のサーカスシーンを作るのに重要な役割を果たしていて、映画にカメオでも出演をしている。おまけにリトルワールドの番組編成で何度も相談に乗ってもらったことがあるアーティストの従兄弟でもあった。相変わらず狭い世界である。ジャグラーがミスを減らすには、どうしたら良いか？という質問をしたら、彼はいくつか興味深い話をしてくれた。また、チェコから来ているフェルディナンド・カイザーは、チェコのサーカスフェスティバルのディレクターで、話をしてみると知っているアーティストの父親だったりする。現在チェコには23のサーカスがあり、どれもがフェミリーサーカスだという。義妹が日本人で、矢野サーカスで働いていたらしい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ミーティングでは、最初に審査員長を決めるのだが、立候補者はいないので昨年同様、ピーター・ダビンスキーが審査員長を務めることになった。ロシア出身で今はアメリカでプロダクション会社を経営している彼は、現在のサーカス界でかなりの有名人で、様々なサーカスフェスティバルの審査員を務めている。そのダビンスキーが審査方法の説明を始める。審査方法は技術点と芸術点がそれぞれ10点満点で、トータル20点満点で採点をする。フェスティバル出演者は9歳まで、10歳から13歳まで、14歳から17歳まで、18歳から25歳までと、4つのカテゴリーに分かれている。それぞれゴールド、シルバー、ブロンズの賞を決めて、最後にカテゴリーを超えて、1組だけグランプリを決める。それ以外は審査員がそれぞれ特別賞を決めて良いとのこと。特別賞はあげてもあげなくても良いのだが、特別賞をあげる場合は記念品を渡すことになる。記念品はなんでも良い、とのことだがそういうわけにもいかない。日本を出る前に知っていれば、と悩む。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_15_flowershop.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">サーカスへ向かう地下道は花屋がひしめく</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">16時からフェスティバル初日、プログラムAの開幕。サーカス場には、2004年と2008年に日本で一緒に働いたトランポブラザーズのパーシャとエレーナが来ていた。パーシャとは逸話がいっぱいあって、彼のチームメイトが兵庫県での仕事で、帰国の数日前に大金とパスポートを落として、それが無事に警察に届いていた話とか、私が犬山から東京に帰るときに、2kgの鉄アレイを私のリュックサックに忍びこませたりしたジョーク好きの男だ。2人とも元気そうで、エレーナは演出家として成功を収めている。ショウが始まる間際に審査員席に座る。最初に登場したのは9歳以下のカテゴリーから、小さな女の子のいきなり強烈な空中ストラップから始まった。私は次々に登場する子供達のレベルの高い演技に唖然としながら、採点を続ける。相対的に評価をする必要があるので、しばらく採点を進めてまた最初の方を訂正したりなかなか神経を使う。フェスティバルの参加者は多くはウクライナ国内のアーティストだが、他にも、スイス、中国、エジプト、ドイツ、ベラルーシ、エチオピア、そしてクリミアからも参加者がいる国際フェスティバルだ。前半12演目でひときわ場内を席巻したのは10-13歳のカテゴリーの、ウクライナの2人の男の子によるデュオ・ハンドスタンドだった。細い身体から繰り出される驚きの力技、エレガントなシンクロ、隙のない演出、サーカス場全体から感嘆のため息が聞こえてくるようだった。そのあとに女性アーティストが演じたエディット・ピアフの曲を使った空中ロープも印象的だった。休憩を挟んで、後半13演目も印象的な演技が続く。ディミトリー・トゥルキエフが演出した18−25歳のエチオピアのイカリアンゲームや、サーカスアカデミーに在校している14-17歳の女性のハンドスタンドが玄人受けする素晴らしい演目だった。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_17_jury02.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">審査員席から</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">それにしても印象的だったのは、本当に小さな子供達が素晴らしい演技をすること。10代や９歳未満の子に至るまで、なぜこれほどのアクトができるのだろう。キエフのサーカスアカデミーはもちろん素晴らしいのだけど、そのアカデミーに入る以前に子供たちが通う、個人が経営しているサーカス学校やスタジオがウクライナ各地にたくさんあり、そこがとても大切な役割を果たしている。日々、小さな子供たちを励ましモチベーションを育てながら、忍耐強く芸を教える先生たち。今回のフェスではウクライナから40組のプログラムが参加していて、ウクライナ国内の13のスタジオ、6つのスクールからアーティストたちが参加している。私はいつも、ウクライナのサーカスアーティストたちを見て、その体の強靭さとバランスの良さ、作品に対する美学に感心してきた。今回もその奥深さとウクライナのサーカスアートの層の厚さに改めて衝撃を受けている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そしてサーカスを観に来る観客も、リラックスしていて本当に楽しそうである。プログラムの前半の途中、バウンシングボールの演技で、演技台の脚が折れて演技を続けられず、悪態をついて楽屋に帰ってしまった演技者がいた。もちろん褒められた態度ではなく採点はできない。場内はざわついていたが、後半に急遽、演技台の脚を全部外して再び登場し、最後まで演技をやり遂げた。観客は拍手喝采。若い演技者の失敗に対する温かい眼差しが印象的だった。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_18_leaflet.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">フェスのパンフの1ページ</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">フェス1日目の25演目が終わり貴賓席控え室に移って、漢数字でメモしていた得点をアラビア数字に書き直して点数を提出用の清書用紙に書き込む。＊出演者の詳細と写真はこちら（&nbsp;<a href="http://fest.circus.kiev.ua/uchasniki-2019/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">http://fest.circus.kiev.ua/uchasniki-2019/</a>&nbsp;）</p>



<p class="wp-block-paragraph">初日打ち上げのような宴会では、審査員の1人、ベラルーシ国立サーカスの総裁ウラジーミル・シャバンがウォッカを持ってきていて、久しぶりにウォッカをたくさん飲まされた。最近ウクライナやロシアの若いアーティストたちは、ウォッカを飲む人が少なくなったけど、やはりソ連時代からサーカスに関わっているサーカス人たちは、ウォッカを飲める人がいると「ナーシュ・チェラベック（私たちの人間、意訳すると俺たちサイドの仲間、という感じか）」と言って、たいそう喜ぶ。とはいえ明日もあるし、最近二日酔いからの回復の衰えを自覚しているので、なるべく自制しながら22時くらいに退出。フェスの初日が明けて、宴の最後の方は新しいコルニエンコ総裁がとても饒舌な宴会だった。</p>



<h3 class="wp-block-heading">5月31日（金）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">フェスの二日目は12時から始まる。午前中、ホテルの部屋のコンセントがショートしてしまってテレビが映らなくなっていたので、レセプションに言いに行くと、しばらくしてソ連時代から働いているような電気技師さんが現れて、ちゃっちゃっと簡単に治してしまった。お昼前にサーカス場の貴賓室で今日の予定とミーティング。昨日ウォッカを飲んだウラジーミル・シャバンからサーカスのパンフレットをもらう。ミンスクの国立サーカスは最近建物を新しくしたばかりで、まるでフラム（宮殿）のように美しい。ベラルーシはロシアやウクライナほどサーカスアーティストが多いわけではないが、過去何人かと仕事をしたこともあり、優秀なアーティストも数多くいる。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_19_circus_minsk.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ミンスクサーカスのパンフレットの1ページ</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">フェスの二日目、プログラムBが始まる。金曜日の昼ということもあって、昨日よりも観客の数が若干少ない。そんな中でも若いアーティストたちの渾身の演技は、鬼気迫るものがあり、なかでも、チェルニヒウという街のサーカススタジオで練習を重ねている9歳未満の男女デュオのアクロバットや、リボフのサーカス学校在学の10~13歳の男女のデュオストラップ、ミンスクの女性デュオのトラピーズなどが出色だった。最後に出演したのが中国深圳市から来ていた中国のパーチのグループ。技術も大変高いものだったが、運び込んだ装置や人数などの規模も、他を上回るものだった。フェスの中休み中、ナージャ先生とタミラと話をする。それぞれの演目について自分の感想を述べると、そうよねえ、彼らもそれから彼らもよかったわよねえ、と話が弾む。趣味や趣向はそれぞれあるけれど、力強い演技というのは、誰にも強い印象を与える。すべてのプログラムが終わって、遅いお昼ご飯を食べてから貴賓室でポイントの集計を行う。匿名の採点結果表を渡されて、誰が受賞者かを決める。四つのカテゴリーを元に、ゴールドが1名、シルバーが２名、ブロンズが２名、という塩梅で、その上にもう一つグランプリを決める。そのあとで特別賞を決めるのだが、この特別賞は審査員が好きに決めて良いもので、審査員がトロフィーではなく自分で選んだ記念品を渡す。私は悩んだ挙句、エディット・ピアフの曲で空中ストラップを演じたハリコフのサーカス学校の女性アーティストに特別賞を送ることにした。誰もが知っているクラシックな曲でとても力強く美しい演技をしていた。記念品は日本からお土産用に持ってきた扇子とハンカチを包装して準備した。18時過ぎにサーカス場に戻り、キエフのサーカスの期間レギュラー公演「The Secrets of the Emerald City」の公演を見る。犬ありハリネズミあり、アリーゲーターあり、途中ダンスや生歌が挟まれるが、観客を選ばない現代に合わせた伝統サーカス、という感じがとてもよかった。このショウにはディディックたち以外にも、2014年にルスツで一緒に仕事をしたアレクセイ・グリロフとマリーナ・グラヴァトスキフの空中リングのデュオが出演していた。こういう機会にふと再会できるのがサーカスの楽しいところである。その後サーカスの貴賓室で夕飯を食べて、22時頃ホテルに帰る。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_20_emeraldcity.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">『The Secret of the Emerald Cityのフィナーレ』</figcaption></figure>



<h3 class="wp-block-heading">6月1日（土）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">9時にサーカス場のそばのカフェで集合して、午前中はサーカスがドニエプル川の遊覧観光に連れて行ってくれた。朝、サーカス場で待っていると、若い女性がつかつかと寄ってきて「何も食べていないの」とお金を要求してきた。前回来た15年前に比べて、今のキエフはいたるところでクレジットカードは使えるし、街が綺麗になった気がしていた矢先、今回初めての出来事。気の毒だったが足早に立ち去る。小型バスでドニエプル川まで行き、カシュタンという名前の遊覧船で、19年ぶりにこの大河をゆっくり眺める機会を得た。サーカスの関係者に新しいウクライナの大統領のことを聞くと、まあ、あくまで個人的な意見として、という前置きの後、期待はしているけどまずこれからを見てみないとわからない、と言う。ロシア寄り欧州寄りとこれまでいろいろな大統領がいたけれど、今、一番大切なのはロシアとの関係を修復することだと思う。ウクライナは東西地域で、ロシア寄り、ヨーロッパ寄りと言われているけど、要するにそれは主にどちらとビジネスをしているか、ということが大きくて、この国のサーカスの世界はヨーロッパ側についても、正直それほど良いことがあるわけではない。ウクライナのサーカスはロシアのサーカスと密接に結びついている。だから私たちにとって関係を修復することが急務であり、前の大統領はそれができなくて、皆ほとほとうんざりしてしまっていて、国民の70%以上の人が新しい大統領を望んでいた。だからまあこれから、ですね、と。いろいろな意見があると思うが、ロシア、ウクライナ両方のサーカスアーティストと仕事をしている中で、私はこの意見に共感できた。私が知る限りではあるけれど、私たちと日本でサーカスアーティスト同士が仕事をしている中で、軽いジョークは別として、政治のことで険悪になることはあまりなかったと思う。サーカスは多国籍チームで、アーティストの口からよく聞くのは、政治は政治、サーカスはサーカスである、と。そういう言葉をアーティストから聞くとき、単に政治に興味がない時もあるし、愚かな政治家たちよりも私たちのほうが皆と上手くやっていけるのだ、という自負が込められている時もある。とは言っても、2014年のキエフのマイダンを始めクリミアの問題やウクライナ東部で、あれほどの衝突があってしばらくは、私たちが手がけるような規模のサーカスの現場や宴席でさえ、張り詰めた空気になったり、見えない溝ができたりしたことが、なかったわけではない。</p>



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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_21_dneple.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ドニエプル川にて</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_22_award01.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">授賞式にて</figcaption></figure>
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<p class="wp-block-paragraph">船の宴会場でお昼ご飯。リボフのサーカスから来ている審査員の1人ロマン・ズドレニュークが、日本人がウォッカを飲んだら急にロシア語を喋り始めるから、つくづく驚いたよ、と話しかけてきた。あなたも酒を飲んだら日本語を話せますよ、と返すと目を丸くしながら笑っていた。ホテルに戻って、酒の小瓶を持って、マダム・シェフチェンコをはじめ、お世話になったキエフのサーカス関係者に土産を渡す。</p>



<p class="wp-block-paragraph">夕方から、フェスで良い成績を収めたアーティストがメインで、他にもアカデミーで作品を見せてくれたフォー・マティックスや、何人かのキエフのサーカスアーティストが代わる代わる出演するガラショウを見た。このガラが終わるとフェスに参加したすべてのサーカスアーティストがサーカスリンクに出てきて、このタイミングで審査員は客席から裏に足早に回る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">授賞式は最初に特別賞からスタート。特別賞は賞状とかがあるわけではなく、審査員が好きなものを渡す。この特別賞は出演したアーティストに限らず、参加アーティストの先生やフェスを支えているスタッフに送られることもある自由な賞だ。特別賞のあとの受賞式はブロンズから始まるのだが、これもプレゼンターがいきなり呼ばれて、ディプロマと像を渡す。</p>



<p class="wp-block-paragraph">段取りをまったく打ち合わせしていなかったので、数回あるプレゼンターのうち、最初の自分の回をすっぽかしてしまった。ショウの段取り以外の進行は基本的におおらかなものである。9組のブロンズ、7組のシルバー、５組のゴールドが授与され、グランプリは中国の最後に行ったパーチの演目となった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">受賞式が終わると、サーカス場でそれぞれ記念写真。参加していた若いアーティストや、審査員同士でも写真をたくさん撮り和やかなムード。その後、宴会場でサーカスの食堂スタッフが提供してくれた料理で、フェス関係者との宴会をして、23時頃にホテルに戻る。フェスの審査員をはじめとするスタッフとはここでお別れとなった。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_23_award02.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">授賞式にて、審査員とゲストの記念写真</figcaption></figure>



<h3 class="wp-block-heading">6月2日（日）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">この日はフェスが組んでいた予定がなくなったので、1日オフになる。トランポブラザーズのパヴェルが、キエフ郊外の彼の家に招待してくれた。パヴェルはキエフ中心地から空港方面へ40分くらい車で向かった自然に囲まれた閑静な住宅街に住んでいる。ウクライナは自然のある場所が本当に美しい。近くには湖があって、夕暮れ時の美しさは言葉にできないほど、印象画に出てくる風景そのものという感じだった。パヴェルのチームメイトのコーリャも来ていて、一緒に湖で泳いで、ビリヤードをして、奥さんのエレーナの料理を食べて、結局、泊めてもらうことになった。なんとも心地よい休日を過ごさせてもらった。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_24_pavel01.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">Pavel宅にて</figcaption></figure>



<h2 class="wp-block-heading">＜番外編＞</h2>



<h3 class="wp-block-heading">6月3日（月）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">朝5時に起きて、パヴェルに6時にホテルに着くよう送ってもらう。7時に朝食を摂って、鉄道のバグザール駅の向こう側の集合地点に向かう。日本からネットで申し込んだチェルノブイリ原発ツアーのバスがすでに到着していた。日帰りツアーの代金は100ドルほど。ツアー会社の人にパスポートを見せて、予約金以外の残金を支払う。世界各国からたくさんの観光客が乗り込んでいた。キエフ市内からチェルノブイリまでは、北にバスで90分くらいの道のり。近いものである。道すがら見える景色は、小麦畑を中心とした典型的なウクライナの美しい平原地帯で、この一見なんのこともないような景色にいつも魅了される。日本からサーカス村所有のベラルーシ製のシンチレーション（放射線測定器）を持って行ったのだけど、道行く途中の放射線数値は上がる様子はない。キエフ市内は場所にもよるがだいたい0.03〜0.1マイクロシーベルト毎時（μSv/h）。場所によって東京より少し高いくらいだが、さして問題のある数値ではないと思う。バスが市内を出発するときの集合場所の空間線量は0.05μSv/hほどだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">平原地帯を抜けると、いよいよ原発から30km以内の立ち入り禁止区域（ゾーン）に入るための検問所がある。ここで全員が一度バスから降りて、検問所のガードマンにパスポートと顔写真を照合してもらわなくてはならない。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_25_chornobyl01.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ゾーン入口検問所のキオスク</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">ウクライナはチェルノブイリを観光地として積極的に観光客を集める方向に向かっているが、ゾーンに入るためのセキュリティは厳重である。検問所にはキヨスクが二軒あって、チェルノブイリツアーのお土産や、水やコーヒー、アイスクリームなどが売っている。暑いのでここで水を購入。ここでの空間線量は0.05μSv/hほどで、東京とあまり変わらないくらいである。他の会社のツアーもあったので、小一時間くらい経って、やっと検問所を抜けることができた。最初に廃墟となった村を見学する。もう本当にただの廃墟で、ボロボロになった家屋や商店などが痛ましい。</p>



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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_26_chornobyl02.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">廃墟の家屋</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_27_chornobyl03.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">OTHレーダー「ドゥーガ」</figcaption></figure>
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<p class="wp-block-paragraph">空間線量は0.1〜0.14μSv/hくらいで、少しづつ数値が上がってきた。観光地化したわりには、廃墟家屋に柵などを設けているわけではなく、廃墟の中にずんずん入って行っても問題ない「ゆるい」ところが、らしいところ。30分くらい散策をして、次はソ連時代に建てられた、馬鹿でかい巨大なアンテナを見に行く。高さ150m、長さ500mの超巨大OTHレーダー「ドゥーガ」。</p>



<p class="wp-block-paragraph">1976年から稼働したもので、ミサイル防衛などに役立ったものだったそうだ。原発事故の影響で1989年に稼働をやめて、ただ廃墟として巨大な鉄の構造物だけが残る。その圧倒的な大きさと自然と静寂に包まれたこの一帯は映画『マッドマックス』のような終末的な世界が広がっている。この辺りの空間線量も廃墟の村とさほど変わりない程度だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">OTHレーダーの後、廃墟になった有名な保育園へと続く。ここの地面の線量は急に高くなっていて、シンチレーションを地面に近づけると、けたたましくアラームがなり、4〜10μSv/hを表示し始めた。チェルノブイリに入って、初めて緊張感のある線量数値になった。保育園の中には、二段ベッドに人形やボロボロの絵本が置いてあったり、ちょっといかにもな感じではあるけど、とても寂しい空間だった。人形達は観光客が置いていった、という話もある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">次に訪れるのが、事故を起こした4号機のある発電所へ。事故の後、石棺で覆われていた4号機は石棺の耐久年数が過ぎたので、現在はかまぼこ型のシェルタードームに覆われている。そのシェルタードームの前で私たちは記念写真を撮り、原発の建物に隣接した建物内にある「ダイニング・チェルノブイリNo.19」という原発労働者用のレストランで炭水化物多めの昼食を食べる。なんだかとても妙な気分だ。4号機の周りの空間線量は場所にもよるが1μSv/h前後だった。たった1日とはいえ、こういう数値を高く感じ始めなくなっている自分の感覚も怖い。食堂ではポーランドから来ているジャーナリストと一緒になったので、私が知っている限りの福島の原発の現状について話をする。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_28_chornobyl04.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">廃墟の保育園</figcaption></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_29_chornobyl05.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">4号機前にて</figcaption></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">この後は廃墟の都市プリピャチへ。発電所から4kmほどのこの町は、原発労働者とその家族約5万人が住んでいた。ソ連時代特有の集合団地、スーパー、学校、ホテル、競技場、病院、劇場ほか遊園地などの娯楽施設が揃ったこのプリピャチは、コンクリートで作られた町であるが、いたるところから草木が生え、部分的に森と化している。打ち捨てられた町は、鳥の声とツアー客が持ち込んだガイガーカウンターの警告音が聞こえる以外は、映画『ストーカー』の世界のような、圧倒的な静けさが印象的だった。無人となった建造物と人間の営みとは別の時間が流れている静寂からは人の業の深さとはかなさを感じさせる。原発事故で開園前に廃墟となった遊園地では、観覧車のボックスの底に、90μSv/hを超えるホットスポットがあり、観光客が順番でカウンターを近づけ目を見合わせる。30年経ってもやはりそういうところは残っている。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_30_chornobyl06.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">プリピャチ市内</figcaption></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_31_chornobyl07.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">開園直前に廃墟となった遊園地</figcaption></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">その後プリピャチを出て、キエフに戻る途中で、消防士達のモニュメントに立ち寄る。事故直後に、吹き飛んだ炉心の残骸が残る建屋内に入って、消火活動をした消防士を讃えるモニュメントなのだが、何も知らされずに国の命令で多量の放射線を浴びて命を落とした、気の毒な消防士達を祭り上げて英雄視するモニュメントに対して、私はどうしても共感する気になれなかった。犠牲者を祭り上げることで、本当に責任を取らねばならぬ者たちの存在が曖昧になる、そんな気がしてならないからだ。19時頃にキエフに戻る。やはりどこかしら緊張したままの1日のツアーが終わり、くたくたになった。このツアーでは最後に自分が今日1日に浴びた放射線量を教えてくれて、総量で3μSvとのことだった。高度が安定した国際線の飛行機に1時間乗って浴びる放射線量に等しい。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_32_chornobyl08.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">観覧車のカゴの下、強烈なホットスポット</figcaption></figure>



<p class="wp-block-paragraph">原発事故から30年以上が経って、周囲の放射線量がある程度下がったとはいえ、あのチェルノブイリを観光地として積極的に観光客を受け入れているこの国の方針は、何を意味しているのだろう。チェルノブイリ後のウクライナは、現在4箇所の原発で発電を続けていて、国内発電総量の50%を原子力に頼っている。その大きな理由の一つは、天然資源を豊富に備えているロシアへの長年のエネルギー依存から脱して、エネルギーの自給率を維持する必要性が大きいという。現在のゾーンの線量は想像していたよりは高くなかった、とも言えるし、それでもやはり高いとも言える。チェルノブイリの現在をあえて開示するという、啓蒙を目的としたツアーは国が推奨していて、事故に対する割り切ったドライな距離を感じた。チェルノブイリの事故は私が小学生の時だった。当時のNHK特集を含むテレビのドキュメンタリー番組は、子供にとってはおどろおどろしい演出が多く、無人の廃墟となった不気味な報道映像が強く脳裏に焼き付いていた私にとって、福島の原発事故が起こるまでは、自分がチェルノブイリのゾーンに立ち入るなどということは、想像だにしなかった。18歳以上で健康な人間であれば、だれでも参加できるこのツアーは、私にとって貴重な体験となった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ひるがえって同じ問題を抱えているこの国はどうなのだろう。3.11当事の東電の責任者たちの責任を問う裁判では、地裁で無罪判決が下されて世界中に報道されたばかりだ。いつまでたっても責任と向き合えない私たち。一時期、日本でも一部の知識人たちによる「福島第一原発観光地化計画」という提言があって、不謹慎だという反対意見がその提言を覆い尽くしたことがあった。チェルノブイリよりもまだまだ生々しい進行形である福島で、物理的にも心理的にもハードルが高いのかもしれないが、でも、責任者が責任を取らず、報道も減り、事故の記憶や汚染に向き合うことがストレスで、事故そのものが風化していくのであれば、より多くの人が事故そのものを触れる新たな機会を設けることで、教訓をつないでいくしかないのではないか、という気もしている。　</p>



<p class="wp-block-paragraph">帰国して後日、アメリカの放送局HBOが作成した「チェルノブイリ」というドラマが世界的に評判になっていたので、インターネットの配信でそれを見た。とてもリアルで、示唆に富んだ、骨太なドラマだった。事故当時どれほどの無茶が行われていたのか、高線量被曝が人体に何をもたらすか、次々と労働者が亡くなっていく克明な様子など、ショッキングな映像も多く含まれているが、まだ見ていない人には、ぜひお勧めしたい。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/photo_33_chornobyl09.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">キエフからチェルノブイリへ向かう道すがらの景色</figcaption></figure>



<h3 class="wp-block-heading">6月4日（火）</h3>



<p class="wp-block-paragraph">最終日は夜の飛行機だったので、お土産などを買って日中を過ごす。五人囃子と来た時以来の市内の場所にも行ってみたが、様変わりをしていた。町というのは変わるものだ。サーカスのスタッフに空港まで送ってもらい、イスタンブール経由で帰国する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">世界各国の経済状況や環境の変化で、あまりサーカスにまつわる良いニュースを聞くことが少ないけれど、若いサーカスアーティストたちからサーカスの明るい未来を感じることができた。</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:15%">
<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-resized is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="190" height="190" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg" alt="" class="wp-image-42" style="width:190px" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1.jpg 190w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/tsuji-190x190-1-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 190px) 100vw, 190px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>辻卓也</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">株式会社アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロデューサー。ロシアやウクライナ、東欧などからサーカスアーティストの招聘が比較的多い。その他、ショウの演出やフライヤーデザインなどを行うことも。長身</p>
</div>
</div>
</div></div>
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			</item>
		<item>
		<title>エチオピアのサーカス</title>
		<link>https://www.accircus.com/top/2019ethiopia/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[長屋あゆみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 08 Oct 2019 10:01:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[トップ表示]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
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					<description><![CDATA[◆2012年に続き、2回目となったエチオピアからのサーカス・チームの招聘。（公演場所；リトルワールド / 愛知県犬山市）今回の招聘にあたっての裏話や、そもそもなぜエチオピアでサーカスが盛んになったのか、ということについて [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph">◆2012年に続き、2回目となったエチオピアからのサーカス・チームの招聘。（公演場所；リトルワールド / 愛知県犬山市）今回の招聘にあたっての裏話や、そもそもなぜエチオピアでサーカスが盛んになったのか、ということについて書きました。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<div style="height:30px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:15%">
<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="192" height="192" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono.jpg" alt="" class="wp-image-45" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono.jpg 192w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 192px) 100vw, 192px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大野洋子</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。</p>
</div>
</div>
</div></div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/30e1c72abd3e875a1a15e225be287d9d.jpg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">エチオピア（正式名称はエチオピア連邦民主共和国）は、アフリカ東部に位置しており、「アフリカの角」とも呼ばれるように、東をソマリア、南をケニア、西を南スーダン、北西をスーダン、北をエリトリア（1991年にエチオピアから独立）、北東をジブチに囲まれた内陸国です。アフリカ最古の独立国であり、現存する世界最古の独立国の一つでもあります。公用語は、アムハラ語ですが、英語を第二外国語として教育に取り入れているので、サーカス・アーティスト達も、得意不得意はあっても、皆英語ができます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">弊社では、2012年と2019年に、エチオピアから、サーカス・チームを招聘しました。公演場所は、リトルワールド（愛知県犬山市）です。リトルワールドには、世界各国のサーカスを、招聘させていただいています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">現在のエチオピアの首相は、アビー・アハメド氏。政情不安が続いた後の2018年4月に首相就任。以来、過去の首相たちによる強権的な支配を終わらせたと称賛されてきた、改革派首相です。そのアビー氏の政権下である、2019年6月23日にクーデター未遂事件が起こり、陸軍参謀総長を始めとする3名が射殺され、エチオピア国内はインターネットが遮断されてしまいました。この時、まさに私はエチオピアと連絡を毎日取っているような状況でしたが、突然連絡がこなくなり、不安に苛まれながらネット検索をしたところ、このクーデター未遂事件を知りました。エチオピア…やはり、スムーズには行きません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、フランスに当時いた、リーダーの婚約者から、突然電話があり、「私の国でクーデターが起きて、3人殺されてしまったの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">不安でいっぱいだった私は、サーカスのメンバーが3人、殺されてしまったと大きな勘違いをしてしまい、大パニック！すぐに、勘違いだと分かりましたが、心臓が口から飛び出そうになるとは、ああいうことを言うのだなと実感。このネット遮断は、半月ぐらい続きましたが、その後は元に戻りました。ただ、アディス・アベバ市内は、厳戒体制もあり、なんとも言えない雰囲気に包まれていたようです。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/300d2cfc2f483377595fe071a2107cda.jpg" alt=""/></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/ed85ea456404cfb1490d8eb3d4596d57.jpg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
</div>
</div>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/IMG_4875.jpg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">今回招聘したチームは、アフリカン・ドリーム・サーカスというチームで、2004年に、イェネネ・テスフェイによって設立されました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">彼は、工場の片隅で、サーカス技を練習している年上の人たちを見かけたことがきっかけで、自分も練習を始めたのだそうです。そして、国交のある中華人民共和国の中国河北省の呉橋国際サーカス学校に、サーカス留学を果たし帰国。エチオピアの文化のひとつとしてサーカスを根付かせようと、現役を退いてからは、プロデュース業と、若いアーティストの育成に尽力しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なぜ、エチオピアでサーカスが盛んになったのでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そもそも、エチオピアのサーカスは、フレンチ・カナディアンのマーク・ル・シャンスという人によって、形作られました。彼は、アンディ・ゴールドマンというアメリカ人で、エチオピアのユダヤ人コミュニティの為に尽くしている人と一緒に、サーカスをアディス・アベバで教え始めました。ストリート・チルドレンを始めとする、エチオピアの子供たちに、自立の道を促すためです。彼は、ユニセフや、赤十字国際委員会、シルク・ドゥ・ソレイユなどから、道具や経済的な支援を受けていました。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/18.jpg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/34-1.jpg" alt=""/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/10.jpg" alt=""/></figure>
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/10/06.jpg" alt=""/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">生徒たちは、サーカス技を学ぶことによって、創造力や表現力も学びました。そして彼は、『サーカス・エチオピア』を1991年に設立。後に、このサーカス・エチオピアは、一世を風靡し、世界各地のフェスティバルなどで、活躍しました。ショーの演出は、立ち上げ当初から関わっていた、エチオピア人がしていたようです。このサーカス・エチオピアの成功は、地方都市に住む若者たちに影響を与え、様々なサーカスグループが、立ち上がりました。20世紀最後の10年間には、国全体にサーカスグループが急速に増え、エチオピアのサーカスは、最盛期を迎えます。残念ながら、『サーカス・エチオピア』で活躍したアーティストたちは、海外で活動するようになってしまいましたが、現在でもエチオピアでは、小さいものも入れると、100以上のサーカス学校やグループがあるだろうとのことです。正確なところが把握できないため、イェネネ・テスフェイたちは、サーカス協会を設立しようと考えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">イェネネ・テスフェイは、アフリカン・ドリーム・サーカスを立ち上げた理由を、こう語ります。「才能のある子供たちの能力を伸ばし、サーカスを通じて、国や家族に貢献することです。それはつまり、エチオピア人として、エチオピアの文化を発展させることにつながるのです。“Circus change your life” – サーカスが、人生を変えるのです。」</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大野洋子</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。</p>
</div>
</div>
</div></div>
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			</item>
		<item>
		<title>20年後の再会〜フィンランド・サーカス</title>
		<link>https://www.accircus.com/top/finlandcircus2019-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[長屋あゆみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 23 Apr 2019 10:06:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[トップ表示]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.accircus.com/wp1/?p=351</guid>

					<description><![CDATA[◆「1000の湖のある国」として有名なフィンランドは、平等な民主主義の国、そして世界で最もきれいな空気の国とも言われ、サンタクロースやムーミンの故郷でもあります。 そのフィンランドから、10名のサーカスアーティストで構成 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
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<p class="wp-block-paragraph">◆「1000の湖のある国」として有名なフィンランドは、平等な民主主義の国、そして世界で最もきれいな空気の国とも言われ、サンタクロースやムーミンの故郷でもあります。 そのフィンランドから、10名のサーカスアーティストで構成した“フィンランド・サーカス”を、リトルワールド（愛知県犬山市）に招聘しました。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<div style="height:30px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="192" height="192" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono.jpg" alt="" class="wp-image-45" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono.jpg 192w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/yokoono-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 192px) 100vw, 192px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大野洋子</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。</p>
</div>
</div>
</div></div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">フィンランドとのお付き合いは、1999年に遡ります。今回と同じくリトルワールドに、『北欧サーカス』を招聘した時に、アーティストのブッキングでお世話になったのが、トム・ヘルテルという、フィンランドのプロデューサーでした。トムは残念ながら、数年前に他界しましたが、現在は息子のルネが跡を継いでおり、今回の招聘に尽力してくれました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、この北欧サーカスのメンバーのひとりに、サーカス・フィンランディア（<a href="https://sirkusfinlandia.fi/en/">Sirkus Finlandia</a>）というフィンランドで一番大きく歴史のある（1976年設立）サーカスの息子、カーレが、ジャグラーとして入っていました。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="wp-block-paragraph">カーレは、現在は、サーカス・フィンランディアの跡を継いでおり、それぞれの息子の代になっても、その繋がりは変わらず続いているようです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この話がどこに着地するかというと、今回招聘した、アークティック・アンサンブルは、昨年このサーカス・フィンランディアに出演しており、私からの依頼をルネはカーレに相談してくれていたこともあり、サーカス・フィンランディアを見にいってくれたルネが、繋いでくれたというわけです。1999年以降、フィンランドのサーカスアーティストを招聘できないかと、トムとは何度もやり取りをしましたが、うまく行かず、20年後にやっと実現できたのは、私にとって、とても感慨深いものがあり、トムが元気だったらと思わずにはいられません。</p>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">家庭の事情でグループと一緒に来れなかったルネに代わり、カーレが家族旅行を兼ねて初演に来てくれました。20年という時を経た彼は、立派なサーカスのオーナーになっていました。（下写真：Finland 100 years of successより）</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/04/Finlandia2.jpg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">サーカス・フィンランディアは、1年のうち、厳しい冬を除いて、4月〜10月までフィンランド各地で巡業をします。1日〜3日ぐらいの短いスパンで移動しており、最後はヘルシンキで約１ヶ月の公演をして、一年を締めくくります。アーティストは、フィンランド国内のアーティストに加えて、海外のゲストも数組起用。音楽は、ウクライナのバンドを入れて、生音楽で上演しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ビジネスはどうかと聞くと、季節や場所によって、アップダウンはあるけれども、なんとかやっているよと。4月はまだ氷が溶けていない場所もあり、キャンセルをせざるを得ないこともよくあるそうです。昨年は、フィンランドのアーティストを多く起用したのが幸いしたそうで、アーティストたちが宣伝をしてくれて、夏の暑い時期でも満員御礼の日が結構あったそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">私が一番気になったのが、動物芸です。サーカス・フィンランディアにも動物がいますので、動物愛護団体からの批判はないのかと聞いたところ、ヨーロッパ全体が、サーカスの動物芸を批判する傾向になりつつあった頃に、フィンランドの動物愛護団体には、自分たちがどのように動物たちを飼育し、どのように共生しているのかを、何度も話し合いを重ねて説明し、何度も飼育状況を見にきてもらうという成果があって、動物愛護団体は、「サーカスに動物芸を見に行くのはやめましょう。でも、どうしても動物を見たければ、サーカス・フィンランディアに行きましょう」と言うまでになったそうです。カーレの真摯で誠実な性格が、功を奏したのでしょう。そもそもの考え方の出発点から違うので、相入れない部分は多々ありますし、サーカス団体にとって、動物愛護団体と関わるのは、とても面倒なことではあると思います。しかし、避けたり戦ったりなどせずに、話しあうところから始める事が、大切なのだと思います。少なくとも、私が知っている動物トレーナーは、動物をこよなく愛し、尊重し、ともに生きているのです。とは言え、虐待まがいの、人間の奢った行動を監視するためにも、動物愛護団体の監視も必要だと思いますので、カーレのように、相手の意見も尊重しながら話し合う姿勢というのは、動物芸に限らず、何においても大切なのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">カーレに今後の夢を聞くと、昨年、大きな倉庫を購入したので、その２階を改装し、フィンランドのサーカス博物館を作りたいということでした。サーカス・フィンランディアだけでなく、フィンランドの他のサーカス団やコレクターに声をかけ、ポスターやチラシ、古い道具や衣装、テントの一部などを、展示する予定だそうです。それが数年後に完成したら、サーカスの常設小屋を作りたいと、目を輝かせて語ってくれました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今回のフィンランド・サーカスは、コンテンポラリーなものではなく、フィンランド色をふんだんに取り入れた、シンプルなショーとなっています。音楽は全てフィンランドの音楽（音楽の中には、これもフィンランドの音楽だったの？というものも含まれています）。衣装も、伝統的な衣装をベースにアレンジしたものを作っています。芸と芸の転換時には、フィンランドの夏や冬を表現する、ちょっとした小芝居もあり、とても楽しいショーになっています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">フィンランドの神話では、世界は空気の妖精との膝の上に置かれた鴨の卵から生まれたとされています。その殻が破られたとき、世界は創られ、星や太陽、月も創られたとされています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そのフィンランドの世界を、是非リトルワールドまで、足をお運びいただいて、ご覧いただけたら幸いです。（大野洋子）</p>



<p class="wp-block-paragraph"><a href="http://www.littleworld.jp/news/entry-2422.html" target="_blank" rel="noreferrer noopener">野外民族博物館 リトルワールド</a></p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<p class="wp-block-paragraph"></p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/04/syugo.jpeg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大野洋子</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。</p>
</div>
</div>
</div></div>
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			</item>
		<item>
		<title>モンゴルサーカス訪問記「ダルハン市のションホードイサーカス団」</title>
		<link>https://www.accircus.com/news/2018_2019mongolcircus01/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[長屋あゆみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Jan 2019 10:17:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[トップ表示]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.accircus.com/wp1/?p=363</guid>

					<description><![CDATA[◆弊社が25年以上前より交流を続けているモンゴルサーカスの人々。2018年～2019年の年末年始にモンゴルに渡り2週間ほど滞在して、複数の団体や教室を訪ねてまいりました。彼・彼女らとの会話や活動を通して、モンゴルに生きる [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
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<p class="wp-block-paragraph">◆弊社が25年以上前より交流を続けているモンゴルサーカスの人々。2018年～2019年の年末年始にモンゴルに渡り2週間ほど滞在して、複数の団体や教室を訪ねてまいりました。彼・彼女らとの会話や活動を通して、モンゴルに生きるサーカスの人々の「今」をお伝えします。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<div style="height:30px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>長屋 あゆみ</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。ウェブサイト担当です。サーカスについてわかりやすくお伝えしています。</p>
</div>
</div>
</div></div>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">首都ウランバートルより北へ約230km。モンゴル第三の都市と呼ばれるダルハン・オール県のダルハン市（人口約12万人）のサーカス団を訪れました。午前8時、ウランバートルから車で出発。メーターパネルの外気温はずっとマイナス30度と表示され続けています。マイナス30度以下は測れないようです。車窓には内側からビッシリと氷が張り、運転手が目視できるのはフロントの、それも半分のみという状態でした。休憩時に車から降りると、すぐにまつげや眉毛の水分が凍り出し、手足がしびれて動かなくなってくるので3分間も外にいられない、そんな厳しい寒さのなか、車は進みます。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">2018年12月中旬。モンゴルから<a href="http://www.circus-mura.net/">NPO法人国際サーカス村協会のウェブサイト</a>を通じて、一通の問い合わせメールが届きました。「そちらのサーカス学校に、モンゴルからの入学は可能でしょうか？」。</p>



<p class="wp-block-paragraph">モンゴルには専門的なサーカスの育成団体がいくつもあるというのに、どうしてわざわざ日本のサーカス学校に？</p>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">疑問を感じながら返信すると、彼女は「自分は首都に住んでいるのだけれど、子どもたちのサーカス団がウランバートルから200km離れたダルハンというところにあります。見学もできます」とのこと。何やらよくわからないやり取りですが、首都から200km以上離れた地でサーカスを行っているという団体に大きな興味を持ちました。年末年始をモンゴルで過ごす予定だった私は、見学させてほしいと申し出ました。<br>ヒシゲーさんというそのモンゴル人女性は、日本語の通訳の仕事をしているとのこと。彼女がなぜ連絡をくれたのか、ダルハンのサーカス団とはどんな団体なのか、そしてサーカス団と彼女の関わりもよくわからないまま連絡を取り合い、12月26日、ウランバートルで彼女と合流して車で3時間。ダルハン市内の青年劇場に到着しました。<br>「ションホードイサーカス団」はこちらの建物内の一室を練習場として使っています。</p>



<figure class="wp-block-image"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/IMG_0978-1024x512.jpg" alt=""/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
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</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">中に入って階段を上り、細い廊下を渡った奥に、練習部屋はありました。練習部屋に入ると…。</p>



<p class="wp-block-paragraph">広さは50㎡ほど。天井もさほど高くはない中に、衣装、道具、子どもたちの荷物、コントーションテーブルが置かれていました。そこで様々な芸の練習を、20名ほどがひしめきあいながら行っていました。バウンスボールやクラブジャグリングの練習をする男の子たちのすぐ傍らでローラーボーラーを5段積み重ねている男の子、そして幼い女の子たち10人ほどがコントーションの練習をしていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こちらの部屋だけでは間に合わないため、劇場内の廊下部分などを使ってアクロバットやグループジャグリング、バンキンなどの練習をしていました。</p>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
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</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
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</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
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</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">「ションホードイサーカス団」代表のトゥムル氏（下写真、右）。奥様はバトツェツェグ（左）さん。おふたりが、ションホードイサーカス団の歴史を話してくださいました。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/huuh-1.jpg" alt="" class="wp-image-2660"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">↑NHK WORLD JAPAN “A Circus of Street Kids : Mongolia” 番組より</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私たちは若い頃、サーカス学校を卒業した後、ヨーロッパに渡ってあちこちのサーカスを回っていました。1990年ごろ、モンゴルが社会主義から民主主義に移行した時期はヨーロッパにいたので、自分の国で起こっていること、変化を知らずに、2005年に帰国したとき、貧しい子どもたちが多くいることを目の当たりにし、衝撃を受けました。ウランバートルから実家のダルハンに帰るために汽車に乗っていたとき、ご飯を食べていたら、ヨレヨレの服を着た子どもがひとり来て、『すみません、ごはんを分けてもらえませんか』と言いました。どうぞ、と分けてあげるとその子は『友達も連れてきていいですか』と言うのです。いいよ、と答えると５、６人くらいの同じような格好の子どもたちが現れました。私たちは、汽車が停車しているときにその子どもたち全員を連れて外へ出て、食堂に入り、子どもたちにご飯を食べさせました。みんな、すごい勢いで食べていました。とてもお腹を空かせていたようでした。『一体何日食べていないの』と聞くと『もう一週間くらいほとんど何も食べてない』とのことでした。<br>衝撃を受けました。ヨーロッパへ行っている間に、自分の国はなんて貧しくなってしまったのだと悲しくなりました。私たちには息子がいるのですが、自分の子どもと同じくらいの子どもたちがこんなに貧しく、お腹を空かせているなんて…。私たちがヨーロッパへ渡る以前、社会主義の時代にこういう子どもたちを目にしたことはありませんでした。自分の子どももこうなっていたかもしれないと思うと、見過ごすことはできませんでした。夫と私は、子どもたちの支援をしようと決意しました。私たちはサーカスの人間だから、子どもたちにサーカスを教えてあげよう、と。実は、ヨーロッパの仕事は次の契約が決まっていたのですが、私は自分の国をなんとかしないといけないと思い、ヨーロッパの方を断りました。契約を結んだ後だったので、罰金を支払うことになりましたよ。」<br>サーカスを習いたいという子どもたちは、どうやって集めたのですか？と尋ねると、<br>「路上生活をしている子どもたちというのは、集団で生活しているものです。1ヵ所に5～10人くらいいます。だから、全員に声をかけなくても、ひとりに声をかければ同じ集団の子たちがついてきます。私たちは、子どもたちが住んでいるマンホールをいくつか回り、声をかけていきました。子どもたちはどの子もお腹を空かせていたので、まずごはんを与えました。子どもたちがやってきた最初の動機は『あそこに行けばご飯が食べられる』です。それから、着ているものが汚れていたので、洗濯機を買ってあげて、身につけるものや環境は清潔にしないといけないよ、と教えました。それから、サーカスを教え始めました。<br>といっても、これらのお金は私たちがヨーロッパで得た収入を貯金していた分から出していますし、子どもたちにはもちろん無償で教えていますので、サーカス専用の道具を買い揃えることなどはできません。だからはじめは、ケチャップの容器を使った手作りの道具でジャグリングの練習をしていました。今でも、ローラーボーラーはその辺に落ちていた水道管を利用していますし、フラフープなどの道具も自分たちで作って、使っています」</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/IMG_0985.jpg" alt="" class="wp-image-2632"/></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">↑ケチャップ容器を使って手作りをしたジャグリング道具。練習部屋の一番高いところに飾ってありました。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/rolabola.jpg" alt="" class="wp-image-2653"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">↑捨てられていた水道管を利用し、ローラーボーラーの道具に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">私が見学に行ったとき、子どもたちはクラブやボールなど専用の道具を使ってジャグリングの練習をしていました。ケチャップの容器のジャグリング道具は、誇らしさの象徴なのか、はたまた臥薪嘗胆ということなのか、部屋の一番高いところに飾られていました。これを見たときに私はふと、ジャグリングという芸はケチャップの容器から始まったのかもしれない、という気持ちになりました。専用の道具が最初からあったわけではありません。身近にあるものをちょっぴり工夫して楽しみ、芸となっていく。これこそが源であり本物なのではないか…。<br>と同時に、ケチャップ容器の手作り道具を大切にしているこのサーカス団をとても愛おしく感じました。なんとかして応援しなければいけないと感じました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「子どもたちにサーカスを教え始めると、どんどん上手くなっていきました。基礎を教えた後は、子どもたちが自らYoutubeなどの動画サイトを見ながら、新しい技や芸を覚えていきました。そうして2017年、2018年と2年続けて、海外でのショーの仕事をもらうまでになりました。モンゴルサーカス協会から『国民のサーカス』という称号を公式にもらいました。」それは「プロのサーカス団である」というお墨付きということなのだそうです。<br>実はこちらのサーカス団をNHK World JAPANが取り上げて、私が訪問した日の翌々日に放映開始をするというタイミングでした。その番組制作の際に通訳として関わったのがヒシゲーさんなのでした。<br>私が名刺を差し出し、会社の説明を始めるとすぐに、トゥムル氏の目頭が熱くなっていくのがわかりました。「弊社ではテーマパークや遊園地などの施設と、サーカスとを結ぶ業務を行っていて…」と説明していると「わかる。知ってるよ。リトルワールドだろう。よく知ってる」と話を遮ったトゥムル氏。どんどん顔が赤くなっていく彼が「私は以前、そこに出演したメンバーのひとりだ」と発言したとき、涙が静かにこぼれていきました。傍の奥様もうつむきながら必死に涙をこらえているような様子でした。「あなたたちと、ずっと連絡をとりたいと思っていたんです。私の生徒たちを、日本で公演したあの場所に連れて行ってあげたい、出演させてあげたいと思い続けてきたんです。西田さんとは実はfacebookでつながっているのですが、私は何ぶんことばがわからないのでおかしなことを言って嫌われてはいけないと思い、西田さんの投稿にイイネをするのみでした。こんな形でご縁がつながるなんて」みんな黙りました。時間が静かに、とてもゆっくり流れるのを感じました。<br>トゥムルさんが少し落ち着きを取り戻し「恥ずかしいところを見せてしまって申し訳ないです。今までの苦労が突然、どっと思い出されて、感傷的になってしまったようです」と言うと、ヒシゲーさんが「そうですよね。普段の生活を送っているときはどんなに苦労していてもただ過ぎていくものが、何かの引き金で一気に溢れ出てくる瞬間があるのですよね」と答えました。私は、気の効いたことを言うものだなぁと思いながら傍で黙っているだけでした。<br>トゥムル氏が日本で公演をしたときの写真アルバムを見せてくださいました。若いトゥムルさんの横に、社長と元上司の笑顔が収まっているのを見つけました。サーカスというのは世界中で多くの人が関わっているはずが、なんと濃厚で、世界は狭いと感じる経験を多々することでしょうか。知っている地や人の顔が次々と出てくるのです。遠い親戚の家に来たような、不思議な気分になります。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
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</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">↑1998年、野外民族博物館「リトルーワルド」にて開催された『モンゴルサーカス』公演時の写真。土台の男性が、トゥムル氏。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その後、生徒たちの練習を見学させてもらいました。子どもたちはジャグリング、バンキン、コントーションを代わる代わる見せてくれました。男の子も女の子も、ひとりで3つも4つも芸を行っていました。「舞台上じゃなくて、こういうふうに芸を披露するっていうのは、逆に緊張しちゃうな」とはにかみながら、次はあれをやろうかこれも見せようかと自らの芸を披露してくれました。「すごいね！」と拍手をすると、「こんなの朝飯前さ」と照れていました。ちなみに練習部屋については、劇場に自分たちの活動を理解してもらい、無償で借りているのだそうです。その代わり、劇場の催しに生徒たちの出演、手伝いを要請された場合は、無償で働くという約束を結んでいるのだそうです。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/contortion.jpg" alt="" class="wp-image-2646"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">ヒシゲーさんが、特にこの子のことを覚えてほしいと呼んだのは、ツェンゲル君という20代前半の男の子でした。「この子にはお父さんとお母さんがいないです。彼は幼い頃に捨てられました。家族がいない、学校に行くこともない、仕事もない。ほかに何もすることがないから、彼は毎日練習場に来て、朝から晩まで起きているときはずっと練習しているんです。毎日毎日、ずっとひとりでジャグリングをしていたら一番上手くなりました。指導者に教えられていないことも自分で調べてできるようになって、今ではグループのリーダーを務め、将来はションホードイサーカスを継ぎたいと言っています。」</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/txenger.jpg" alt="" class="wp-image-2647"/></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">↑7つのボールでバウンスジャグリングをするツェンゲル君。</p>



<p class="wp-block-paragraph">練習部屋の奥の方でひとり黙々と練習していた子でした。彼がある日、日本に行きたいのだけれどどうすればよいのかとヒシゲーさんに声をかけてきたので、ヒシゲーさんは日本語でウェブ上を検索し、サーカス村協会のサイトを見つけたので、問い合わせをしたという経緯だったのだそうです。<br>気付くと、横に座っていたヒシゲーさんの頬を涙が伝っていました。「子どもたちがこんなに素晴らしい芸を披露してくれて、泣けますね。」と声をかけると、彼女は「あゆみさんも泣きますか？どこの世界でも、泣くものですか？サーカスというのは」と言いました。ヒシゲーさんは続けます。「私は今までサーカスを観て泣きたいと思ったことはなかったです。子どものときにたまに観たことがありましたが、すごいな、楽しいなと思うだけで、それ以外のことを感じたことはありませんでした。昨年からこの子たちと出会って、関わり、生い立ちや生活を知った後にこの子たちのショーを観たときに、初めて泣きました。彼らが舞台に立つと、衣装と照明でキラキラ輝いて、素晴らしい技を披露して、観客から拍手をもらいます。とても、こんなひどい生活をしてきた子とは思えないのです。気付いたら泣いていました。」</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/IMG_0988.jpg" alt="" class="wp-image-2650"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">そう言いながらヒシゲーさんは、スマホに一枚の写真を映し出して、見せてくれました。何を見せられたのか、一瞬、理解ができませんでした。窓ひとつなく、天井も床も壁もコンクリートがボロボロとむき出しになっている四角い空間の隅に、汚れた便座がひとつ置いてあり、刑務所の跡地か何かだろうかという写真でした。ヒシゲーさんは「彼の部屋です」と言いました。マンホールから出た後、身寄りのないツェンゲル君は友達の家の地下に住まわせてもらっているのだそうです。「えっ、部屋って、ここに住んでいるのですか？彼が？」と私が聞くと、ヒシゲーさんはさっとスマホを伏せました。「隠しますね。子どもたちに、自分の部屋がこんなに汚いなんて知られたくない、悲しくて恥ずかしい思いをさせたくないから、この写真を見たとは言わないでください。でも、そうです、これが彼の家なんです。」私がモンゴルでコントーションを習っていた教室の子どもたちも貧しい家庭の子が多かったのですが、彼ほどではありませんでした。ゲルがあり、保護者がいました。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/IMG_1172.jpg" alt="" class="wp-image-2655"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>↑モンゴルの遊牧民の住居、ゲル。円形で、外は羊毛で覆います。ゲルということばには建物そのものを指すだけでなく「家」「家族」の意味もあります。中国語ではパオと呼ばれています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ヒシゲーさんは、続けました。「子どもたちはみんな素直でよい子たちばかり。なんとかしてあげたいという気持ちがあります。それに、この夫婦の取り組みには敬意を表し、支援しないわけにはいかないでしょう。」<br>私はようやく、どんな思いでヒシゲーさんがサーカス村協会のウェブサイトを見つけて問い合わせをしてくれたのかを理解しました。「ツェンゲル君にはお金がないので、日本に行き、生活するというのは不可能だと思います。でも、彼本人の口から『日本に行ってみたい。サーカス学校はないのだろうか。』と相談を受けたとき、お金が無いから無理に決まっているでしょうと即答するのではなく、結果実現できなかったとしても、日本にはこういう学校があって学費がいくら、生活費がいくらかかるそうだよ、工面できそう？と会話をする必要があると思いました。もちろん、可能性があるのならこの若者を外に連れ出し、色々なものを見せてあげて目を開かせてあげることができたら、と願っていますが…」</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2019/01/shonhoodoi.jpg" alt="" class="wp-image-2662"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph"><br>記念に集合写真を撮り、練習場を後にしました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">日本に帰ってきてからも子どもたちのことが忘れられず、個人として微力であっても何か支援できることがないかと思い、ヒシゲーさんにどんなものが必要ですか、と聞いてみました。すると「食べ物」という答えが返ってきました。「子どもたちは毎日食べるものが足りていない状態です。栄養がとれていません。幼い頃から、大人の愛情を受けてこなかったので、みんな身体が小さいですし、美味しいものを食べることに慣れていません。普段食べているものは、カップラーメンか、ボールツォグ（小麦粉の生地を油で揚げたもの）です。」</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="107" height="107" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/nagaya.jpg" alt="" class="wp-image-371"/></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>長屋 あゆみ</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。ウェブサイト担当です。サーカスについてわかりやすくお伝えしています。</p>
</div>
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</div></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>コメディアータ(オデッサ）レポート</title>
		<link>https://www.accircus.com/column/comeyad2018_bymikumoiori/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[長屋あゆみ]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Apr 2018 10:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.accircus.com/wp1/?p=383</guid>

					<description><![CDATA[◆芸人、道化師の三雲いおりさんがコメディフェスティバル「コメディアーダ」に日本人として初めて出演され、「演技賞」を受賞されました。フェスティバルの様子をご寄稿いただきました。ありがとうございます。 「スパシーバ」　 この [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
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<p class="wp-block-paragraph">◆芸人、道化師の三雲いおりさんがコメディフェスティバル「コメディアーダ」に日本人として初めて出演され、「演技賞」を受賞されました。フェスティバルの様子をご寄稿いただきました。ありがとうございます。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<div style="height:30px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>「スパシーバ」</strong>　 この言葉だけで1週間を過ごしました。（笑） 肌で感じたコメディアータは、とても愛にあふれたフェスティバルでした。行くことができて、本当によかったです！</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/parade2.jpg" alt="" class="wp-image-1587"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">日本が桜満開の時期、ウクライナのオデッサは日本の2月終わりから3月初旬のような陽気でコートや軽いダウンジャケットが必要なくらいの寒さでした。 乗り継ぎも含め19時間の空の長旅を経てやっと現地に到着。まずは迎えの車でフェスティバルが行われる劇場へ。この劇場は以前映画館だったものを改装しているとのことで、入り口の装飾、内装の壁紙、飾ってある写真などはクラウン一色！まさにコメディの神殿のようで、これだけでかなりテンションが上がりました。350席ほどの客席と間口5間奥行き3間、高さ90㎝の舞台で、世界から集まったクラウン、コメディアン、マイミストたちが6日間笑いの渦を巻き起こします。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/parade.jpg" alt="" class="wp-image-1586"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">私は、金曜日と土曜日の夜に行われるガラショーと言われるコンテストに出演しました。出番は金曜日。オデッサに入ったこの日は、夜の4組が出演するショーを観ました。観客席は満席。親子連れ、老夫婦や若いカップル、取材などの関係者など幅広い。ただただ笑いに来ている人がこんなにも多くいることに感激しました。この日も大きな笑い声、声援など大変な盛り上がりをみせました。観客の反応はとても素直で純粋にコメディを楽しんでいるようでした。逆にこれが私の緊張を増幅させたのですが…（笑） 私は、何年も前からやっている「酔っぱらい」のネタをオデッサ用に「スピーチ」としてしゃべらないものに作って演じることにしていたので、言ってみれば初おろしで少し怖さもないわけではなかったですし、普段から緊張する性分なもので、結局本番が始まってもドキドキが続くことになりました。 当日、私は5番目の出演。舞台には椅子とマイクスタンドだけ。音楽は使わない。スピーチをしなければいけない男が緊張して何度も練習したり確認したりする。それでも緊張が続くのでポケットからボトルに入っているお酒を飲む。 そういうことが何度も続き、マイクの前でしゃべる前に泥酔してしまい、その動きなどを見せる作品。 観客は最初から反応はしていましたが、ステージにでて30秒ぐらいはほんとに緊張していて練習用の紙を持つ手が震えていました。緊張している場面だからいいかと開き直ってから、やっと落ち着きました。（笑） 何とか場面は進み、一番の見せ場と思っていた動きでまあまあの反応があり、最期まで演じきりました。いつものように、反省を少ししましたが、この舞台に立つことが出来たのはとても嬉しかったです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">土曜日は出番はないので、昼間は劇場ロビーで開催されているワークショップを見学したり、近くの劇場へ身体を使った影絵の舞台を観に行き、夜は他の出演者のショーを観ました。この日も満席。割れんばかりの拍手歓声、笑い声が響いていました。私も十分に楽しませてもらいました。ひとつ挙げるとすれば、開演時間が何のアナウンスもなく20分ぐらい押すのは…。写真やビデオも撮りまくりでした…。（笑） 影絵のショーも同じだったので、お国柄なのでしょう。 日曜日は4月1日エイプリルフール。オデッサの中心街で市民たちの大々的なパレードが行われました。コメディアータの出演者も全員参加し、大きなオープントラックに乗り、最後の山車としておよそ1,5キロメートルをパレード。沿道にはオデッサの市民が全員集まっているのではないかと思うぐらいの人、人、人。銀座でのメダリストたちのパレードの2倍ぐらいな感じ。 トラックの上では、ダンス音楽をかけ出演者が躍る！踊るポンポコリン！すると沿道の人たちもマスクを付けたり、仮装したりしていて踊る！踊るポンポコリン！今日一日は、おバカになって楽しもうという一日。私も満喫しましたが、トラックの上で1時間30分踊り続けるのはかなりしんどかったです。（笑）そして、パレードは終わり街中のステージでコンテストの受賞者のの発表と演技。この後コンサートがあることで2m高さのあるステージで集まっている観客は、2～3千人ぐらい（笑）一番離れているいる人は天体望遠鏡で見ないと分からないぐらい…（少し言い過ぎかな…）。 賞は、グランプリ、演技賞、技術賞、演出ストーリー賞、好感度賞の5つ。私は、栄えある「演技賞」をいただきました。そして酔っぱらいを短めに演じたが、こればかりは後ろの観客まで伝わったかどうか…？ この受賞の前に審査員の一人のフリッシュさんから、私のエンディングが良くないから最後は日本の有名な歌を歌え。とのアドバイスをいただきました。しかし彼が歌ってくれる歌が何なのか分からず…。結局「上をむいて歩こう」に落ち着いたのですが、この時はとても雑然としていたので「北の漁場」のサビを歌いエンディングとしました。すると、すぐに彼が飛んできて「なぜ、上を向いて歩こう（本当は違うけど）を歌わないんだ！」と言い寄ってきたのでした。（笑）いやこの状況だから…と笑ってごまかしましたが。 また、「コメディとは長い旅なんだ。」と真剣に話をしてくる一人もいて、（ロシア語でなく英語で、ですよ）「おれの言うことが分かるか？」と言われて「はい、80％ぐらい…」と答えました。ん～英語の能力ももっとほしいところでした。 このパレードの時、トラックが止まった時に沿道から私のほうを見て「昨日見たぞ、良かったよ！」みたいなことをジェスチャーしてくれる人が2人いました。この人混みで見つけたのも凄いですが（笑）、パレードも含めまた楽しんでくれているんだと思ったら嬉しかったです。さらに、ステージが終わり立っていたら、ウクライナ美人3人組から写真を撮ってくれとせがまれ、かなりいい気になって写真におさまりました。（笑）ジャパーニーズスーパーコメディスター　イオリ　　ミクモ！！（心で叫んでいました）</p>



<p class="wp-block-paragraph">さて、夜も受賞者や他出演者たちとのショーがあり、これも立ち見の大盛況！私は前日ほどの緊張もなく、また、3,4名の審査員から言われたアドバイスを受けたので内容などを少し変えて、そしてもちろん今回はラストに「上を向いて歩こう」を歌い、最後にアダモの「雪が降る」をかけてスタンドマイクと踊りエンディングという構成に変えて演じました。この曲をかけて踊るというのは、出番5分前に例のフリッシュさんが楽屋にやってきて曲を用意してくれて、「きっかけは俺が出す。よし、やれ！」と。（笑）まあ、ある意味即興でしたけれども何とか演じきり無事終了。 このショーのあと、審査員数人から昨日よりもすごく良くなったとの言葉をいただきました。フリッシュさんに感謝！このあとの打ち上げでは、「昨日よりとても良くなった」と何人からも声をかけられました。今回、2回だけの（授賞式を含めると３回）舞台でしたが、この経験はとても大きかったです。後になれば、パフォーマーとしての大きな転換期のひとつになることは間違いないと思います。たくさんのコメディを愛する、クラウンを愛する人たちとの時間は、私をもっとも幸せにしました。 さらに感激したのは出演者全員に「参加してくれてありがとう」の感謝状を渡してくれたことです。もちろん、音響さん、照明さん、食事を作ってくれる人（劇場にいれば昼と夜はみんなに食事を作ってくれる）などスタッフ全員に感謝状が渡された。さらに、宿泊者がお世話になったホテルのオーナーなどにも渡されていました。みんなで拍手をし、労をねぎらい、遅くまで素敵な打ち上げは続きました。手作りで、とても粋で心意気もある素敵なフェスティバル。大変勉強にもなりました。 大人たちが笑いを、コメディを真剣に考え、創り、演じ、そして感謝しながら思う存分楽しんでいる感じは、幸福感そのもののような気がします。オデッサを離れる前に、プロデューサーのひとりであるクリューコフさん（28年前ミミクリーチのディレクターでクラウンカレッジと一緒に池袋の舞台に立っています）から「オデッサに来てくれてありがとう。あなたはここに導かれて来たんだ」と言われ、28年の時を経てこの舞台で出会えたことに感慨深いものを感じました。この機会をくれたアフタークラウディーカンパニーの大島さんに感謝します。</p>



<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/afterthelastshow.jpg" alt="" class="wp-image-1588"/></figure>



<p class="wp-block-paragraph">でも、ここからが始まりです。私はまだまだこれから面白くならなければいけません。身体を駆使して、言葉をあやつり、道具と友達になり、観客にどこまでも笑って楽しんでもらえる人目指して、長い旅は続きます。 <strong>スパシーバ　　オデッサ スパシーバ　　コメディアータ</strong> そのために、せめてあと3つぐらいは、ロシア語覚えよう！ 2018年4月11日　三雲いおり</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="192" height="192" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/mikumo_iori.jpg" alt="" class="wp-image-35" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/mikumo_iori.jpg 192w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/mikumo_iori-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 192px) 100vw, 192px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>三雲いおり</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">国内トップクラスの人気を誇るお笑いジャグラー！楽しいトークと様々な技を繰り出しながら、次々と笑いを起こします。</p>
</div>
</div>
</div></div>
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			</item>
		<item>
		<title>オデッサのお笑いフェスティバル 「コメディアーダ」に参加して</title>
		<link>https://www.accircus.com/column/odessa_comedy2017/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[幹雄大島]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 30 Mar 2017 10:44:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.accircus.com/wp1/?p=388</guid>

					<description><![CDATA[◆国際クウラン・マイムフェスティバル「コメディアーダ」の審査員として参加するために、ウクライナの黒海に面した港町オデッサを訪れました。 　ロシアとの戦争が続く中、ユーモアの街として、エイプルフールの4月1日を祝日として街 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
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<p class="wp-block-paragraph">◆国際クウラン・マイムフェスティバル「コメディアーダ」の審査員として参加するために、ウクライナの黒海に面した港町オデッサを訪れました。 　ロシアとの戦争が続く中、ユーモアの街として、エイプルフールの4月1日を祝日として街中みんなで愚者（フール）に扮して祝う街オデッサに最も似合うフェスティバル。 　「笑いで世界が一体になることが必要だ」と感じるフェスティバルでした。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



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<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
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<figure class="wp-block-image alignleft size-full is-style-rounded"><img loading="lazy" decoding="async" width="192" height="192" src="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/cropped-mikio_o.jpg" alt="" class="wp-image-33" srcset="https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/cropped-mikio_o.jpg 192w, https://www.accircus.com/wp1/wp-content/uploads/2024/06/cropped-mikio_o-150x150.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 192px) 100vw, 192px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大島幹雄</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">元㈱アフタークラウディカンパニー勤務。宮城県生まれ。早稲田大学文学部露文科卒業。海外からサーカスや道化師を呼んで、日本でプロデュースしている。石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師。デラシネ通信社を主宰、不定期刊行の雑誌『アートタイムス』を刊行。</p>
</div>
</div>
</div></div>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<h3 class="wp-block-heading">オデッサの春を彩るお笑いフェスティバル</h3>



<p class="wp-block-paragraph">2017年3月30日から4月2日まで開催された国際クウラン・マイムフェスティバル「コメディアーダ」の審査員として参加するために、ウクライナの黒海に面した港町オデッサを訪れました。ロシアとの戦争が続く中、ユーモアの街として、エイプルフールの4月1日を祝日として街中みんなで愚者（フール）に扮して祝う街オデッサに最も似合うフェスティバルでした。<br>世界各地に忍び寄る戦争の危機の中、現にウクライナはロシアと戦争状態にありますが、そんなときこそ、笑いで世界が一体になることが必要だということを痛感しました。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image alignleft"><a href="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/come2.jpg"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/come2.jpg" alt="" class="wp-image-667"/></a></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">（「ユモリーナ」参加者）</p>



<h4 class="wp-block-heading">Ⅰ．クラウン・マイムフェスティバル『コメディアーダ』について</h4>



<p class="wp-block-paragraph">このフェスティバルは、<strong>コミック劇団『マスキ』</strong>が主催しています。『マスキ』はオデッサを拠点として、ソ連時代から舞台や映画、テレビで活躍している人気コメディーグループ。1989年、1992年には姉妹都市である横浜でも公演しています。ウクライナでは誰も知らない人がいない、ウクライナを代表するグループです。マスキの代表であるユーリィ・デリーエフ（下写真）と支配人のナターリア・デリーエバは、長年の夢である自分たちの劇場「クラウンの館」を2003年にオープンして以来、この劇場を舞台に国際的なクラウンフェスティバルを開催することを夢見ていました。市当局や国の文化省と交渉を重ね、4月1日オデッサ市の最大のイベントである「ユモリーナ」と合体させるかたちで、ついに2011年最初の<strong>フェスティバル『コメディアーダ』</strong>を開催することになりました。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/derief.jpg" alt="" class="wp-image-669"/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">（プレジデント　デリーエフ）</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/come1.jpg" alt="" class="wp-image-666"/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">（「コメディアーダ」参加者全員集合）</p>



<p class="wp-block-paragraph">フェスティバルは、ユモリーナの中心イベントとして市民のなかにすっかり定着することになったのですが、2015年ウクライナ東部地区でロシアとの戦争が勃発したときにすぐに中止が決定。「コメディアーダ」も、参加予定の出演者からキャンセルの申し出が相次ぎ、マスキもこの事態では開催は無理と判断し、中止しようとしました。しかしそんな噂が流れると、市民から「こんな笑えない状況だからこそ私たちは笑いたいんだ。フェスティバルはやめないで欲しい」という要望が多く寄せられるようになります。こうした声に押されてデリーエフは開催を決定します。市や国からの援助もなくなるなか、財政的にも厳しく、実施するのは本当に大変だったといいます。<br>そうした困難な状況を乗り越えて7回目の開催となる今回は、ウクライナの他にアメリカ・イスラエル・ハンガリー・スペイン・ポーランド・モルドワ・ベラルーシ・ルーマニアから総勢70人のアーティストが参加しました。<br>2015年以降はそれまで出ていたオデッサ市やウクライナ文化省から助成金もなくなりました。フェスティバルはまったくの手弁当で行われています。参加者は審査員・出演者とも旅費は自己負担になります。<br>フェスティバルのプロデューサー、ナターリア・デリーエバは、宿泊するホテルやレストランと交渉し、スポンサーになってもらうなど経費削減につとめる他、娘のポリーナが参加者の宿舎を移動の手配をするほか、デリーエフの娘もショーの司会をつとめるなど、まさに一家総動員でこのフェスティバルを運営しています。そんな温もりが伝わる気持ちのいい雰囲気の中で、フェスティバルは3月30日から4月2日まで開催されました。3月30日と31日にコンペティション部門のショー、マスキショー、1日と2日にガラショーが行われました。<br>会場には連日たくさんの市民が来場しました。4月1日には参加者全員がユモリーナのパレードに参加、中央特設会場でコンペティション部門の発表とガラショーも演じられました。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/come_poster.jpg" alt="" class="wp-image-684"/></figure>
</div>



<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"><br>（「コメディアーダ」ポスター）</p>



<p class="wp-block-paragraph">今回の受賞者は以下の通りです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　・グランプリ　　チャバ（ハンガリー）<br>　・技術賞　　　　ウラジーミル・セメノフ（ウクライナ）・リエリィ・トードル（ルーマニア）<br>　・演出賞　　　　グッドマン・ボーイズ（イスラエル）<br>　・観客賞　　　　4マティス（ウクライナ）</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2017/12/tate_juyo.jpg" alt="" class="wp-image-685"/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">↑グランプリ受賞者に楯を授与する著者<br>私は今回審査員として初参加。オデッサの姉妹都市横浜から高い交通費を自費で負担してやってきたということもあり、現地マスコミでも大きくとりあげられました。私は閉会式での挨拶で、「手作りの心のこもったフェスティバルに参加できたことをとても嬉しく思っている。暗いニュースばかりが世界を覆う現在こそ、こうしたフェスティバルが必要なことを痛感した。<br>ぜひ来年は日本のアーティストと一緒にまたこのフェスティバルに参加したい」とスピーチし、満場から大きな喝采を浴びました。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<h4 class="wp-block-heading">Ⅱ．旅の記録</h4>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>＊3月30日</strong><br>朝9時にオデッサ空港着。2度目のオデッサ。前回来たのはちょうどゴルバチョフのペレストロイカ真っ盛りの時、1997年だった。クラウングループ「マスキ」の招待で、4月1日に行われたオデッサ最大の祭「ユモリーナ」に参加した。20年ぶりのオデッサということになる。ホテルで荷物をほどいたあと髭だけ剃って、11時出発のバスに乗る。クラウン・マイムフェスティバル『コメディアーダ』の芸術プロデューサーのウラジーミル・クリューコフと再会。彼は日本で何度も公演したミミクリーチの演出家。<br>そして国際サーカス村協会のプロジェクト・女性クラウン集団「五人囃子」の演出をしてくれた。3年前にサンクトペテルブルグで10年ぶりに再会しているのだが、そのときにこのフェスティバルのことを聞いて、今回参加することになった。フェスティバルには五人囃子演出のときにも来日していた奥さんのナージャと息子のヴォーバも参加していた。みんなで再会を喜ぶ。バスはマスキの劇場<strong>「ドーム・クロウナ（道化師の館）」</strong>に到着。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（「ドーム・クロウナ（道化師の館）」正面）</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（「ドーム・クロウナ（道化師の館）」ロビー）</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（「ドーム・クロウナ（道化師の館）」カフェ）<br>マスキらしい洒落とユーモアあふれる外観のとても素敵な劇場でした。フェスティバル参加者も次々に来場。劇場前で主催者のマスキの代表ユーリイ・デリーエフと支配人のナターリア・デリーエバ（デリーエフの義妹）から熱い歓迎を受けました。11時から参加者が集まってのオリエンテーション。ここで審査員として紹介されました。 今回は16組70人がコンペティションにエントリーしているのだそうです。19時を過ぎてからいよいよコメディアーダ初日のコンペンションが始まりました。（観覧メモ1ご参照）公演後はロビーでパーティー。ただアルコールなし。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>＊3月31日</strong><br>12時から記者発表ということでクラウンらくしにぎやかにレッドカーペット風に入場。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">我々審査員は壇上へ。いろんな取材が来ているようでした。審査員紹介のなかでスピーチをさせられました。横浜とオデッサの関係について触れたスピーチをしました。このあとキエフの「舞台裏から」というテレビ番組のためにインタビューを受けました。撮影はオデッサのオペラ劇場前。3時からマスキショーを見ました。（観覧メモ2）7時からコンペティション部門の2日目。<br>昨日以上にエキサイティングなステージになりました。（観覧メモ3）<br>公演後審査員は全員デリーエフが世話になっているレストランに連れて行かれ、ここでまずは受賞者を決めました。グランプリは文句なしにハンガリーのクラウンに決定。あと3つの賞を誰にするか喧々囂々の議論。それぞれ好み等ありましたが、決定の段階でナターシャが全面的に政治介入。<br>これがまたあまりにも露骨なのでかえって気持ちがよかったです。このフェスティバルは思いやりとハートでもっています。モルダワから来たふたりは貧しいので、お金をみんなで集めて送りましょう、しかも彼の方は癌らしい、どうしてもこのフェスに出たいからとわざわざやって来た、なにか賞をやりましょうとこんな感じでした。みんな異論なくナターシャの言う通りに受賞者が決まりました。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（プロデューサーのナターシャ）<br><strong>＊4月1日</strong><br>街のあちこちに旗が立てられています。オデッサの旗だそうです。今日はオデッサの祝日「ユモリーナ」の日。（ユモリーナについて）昨日の夜行ったレストランに集合。このあたりがオデッサのお祭ユモリーナのパレードの出発地点になるのだそうです。我々審査員はパレードの終点地点オペラ劇場近くまで移動。パレードが着いたところを壇上で迎えます。パレードの先頭はオープニングカーに乗ったデリーエフとマスキのふたりのメンバー、そして特別ゲストの笑いの王スペインのレオ・バッシー。なかなか楽しいパレードでした。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（ユモリーナ　パレード）<br>パレードのあとコメディアーダのメンバーの受賞発表と、デモンストレーション。このあと7時からガラショー。ほとんどのショーは昨日今日に見たものばかりでしたが、圧巻は今回のスペシャルゲストスペインのクラウンレオ・バッシーの40分以上にわたるショーでした。（観覧メモ4）<br>客に催眠術をかけるという設定でよくもここまでひっぱって客の心をとらえるものだと思います。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（壇上からパレードに手を振る）<br>今日はアルコールもありの打ちあげ。そのあと銘々が即興のネタを披露する会となりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>＊4月2日</strong><br>14時から出演者のためのワークショップ。自分は2番目に日本のクラウンの現状について報告。映像はエノケン・由利徹・茂山千作・伊勢大神楽のチャリが意外に受けていました。由利徹が受けるのは嬉い。およそ40分の講演になったが、なかなか反応は良かったのではないかな。19時からガラショー。今日も圧巻は特別ゲストのレオ・バッシー。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">（デリーエフとレオ・バッシー）<br>蜂蜜をかぶってそのあと羽毛もかぶります。最後にクラウンとは天使なんだよというところで、泣きたくなってきました。クラウンは天使、その言葉を蜂蜜だらけになって羽毛をつけて立っているレオがいうと、ほとんとうにクラウンが天使に見えてきました。公演後ロビーで打ち上げ。レオのマネージャーに興奮してクラウンは天使だったんですねというと、抱きついてきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<h4 class="wp-block-heading">【観劇ノート①】　コンペティション1日目</h4>



<p class="wp-block-paragraph">1. ピネツカ （ポーランド）　☆ゲスト<br>マリオネットをもって登場。これはとてもいい感じでした。客いじりをするのだが、ちょっときつすぎる感じがしました。彼はずいぶん前に浜松の劇場オープニングのイベントに出演したことがあると言っていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2．プランシェット　（ウクライナ）<br>キエフサーカスアカデミーの女子生徒4人によるマイム。板付きで登場。照明があたると4人とも変な顔をしているのが浮かびあがります。特にテーマもなく、この顔の表情に従うような変な動きをしていました。ミミックとマイムだけを抽出したたいへんな意欲作。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">3．ウラジミール　ヴァスチェンコ　（ウクライナ）<br>拘束服のようなものを着て登場。自分を縛っているチェーンをチェンンソーのようなもので、切っていくというネタ。火花が飛び散っていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">4．ウラジミール　セメノフ　（ウクライナ）<br>にわとりが登場したのには驚いた。特に大変な芸をするというわけではないのですが、にわとりという全く想定外の動物と一緒のクラウニングというだけで、まず衝撃。ちなみにこのにわとりは半年一緒にやっているといいます。にわとりは現地調達で仕込めるのだそうです。最後ににわとりがおしゃぶりをして寝るところでは爆笑。自分の中ではこの日のベストでした。</p>



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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph"><br>5. フォーマティクス　（ウクライナ）<br>サーカスアカデミー在学中の4人組。騎兵隊の銃をつかったギャグを演じる。ひとりひとりのキャラクターがはっきりしてそれは面白かったです。今回は4人組のクラウンが多かったですが、キャラクターがはっきりすると面白みが出てくるというところはあるかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">6．ヴァイタル　マジック　ショー　（イスラエル）<br>デュオのコメディマジック。<br>傘をつかったもの。審査員のひとりビスコフ演出。舞台裏でマジックの準備をする人と演じる人というキャラ分けでそれが逆転してしまうという設定がとても面白かった。特に二人が顔半分ずつになるというネタがあったのだが、これはとても不思議だった。あとでネタを教えてもらったが、なるほどという感じ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">7．ウラジミール　セメノフ　（ウクライナ）<br>にわとりをつかったクラウンが、ここではまったく違うクラウニングを披露。カラーボールをつかったジャクグリング。スティックでいろいろな絵も描く。ただ技術というよりは道具の役割が強すぎるかもしれない。ただこのクラウンの芸風の幅はたいしたもの。</p>



<p class="wp-block-paragraph">8． クラウンマイム　シアター　モルズ　マリーポールの3人組　☆ゲスト<br>女性一人に男性2人。以前このフェスで賞をとっているマリープルから来たトリオ・クラウン。女性のからみがひとつ足らないような気がする。男ふたりのキャラは面白かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">9. セルゲイ　キビコフ　（ウクライナ）　☆ゲスト<br>酔っぱらいを演じながらビンをつかったジャグリングをする。このフェスティバルでグランプリをとったあと、パリのシルク・ドゥマンでも賞をとり、いまはパリのリドで働いているクラウンというよりはジャグラー。</p>



<p class="wp-block-paragraph">10. グッドマンボーイズ　（イスラエル）<br>これも4人組。このフェスティバルで親しくなったロシア出身のゲンナージが指導しているクラウン。衝立をつかったギャグ。古典的なクラウニング。</p>



<p class="wp-block-paragraph">11. マイムアート　ラボラトリー （ウクライナ）<br>キエフサーカスアカデミー在学の2人組マイム。正統派のマイム。面白みには欠けていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">12.ウィザウト　ワーズ　（ベラルーシ）<br>4人組。正直一番つまらなかったです。民族衣裳を着て何かをやっているのだが…。4人のうちの2人は聾唖者とのこと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">13. グッドマンボーイズ　（イスラエル）<br>お次はベンチをつかったギャグ。これはミミクリーチがやっていたもの。小さな男の個性がはっきりと出ているぶんこっちの方がおもしろかった。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">14. フォーマティクス　（ウクライナ）<br>4人組というとミミクリーチとかミカスの存在が大きすぎて、それと比べるといまひとつという気がするのだが、のびしろはあるグループという気はする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">15. クラウントリオ　エキヴォキ　（ウクライナ）　☆ゲスト<br>彼らもかつてのグランプリ受賞者。3人組。このあとモンテカルロでウクライナのクラウンとして初めて銅賞をとっている。去年の静岡の大道芸にも出演、賞をもらっている。今日のネタは、縄跳びを客にやらせるのだが、客のノリの方がよすぎて彼らの良さがいまひとつわからなかった。</p>



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<p class="wp-block-paragraph"><strong>【観覧ノート②】　コンペティション2日目</strong><br>１．ピネツカ （ポーランド）　☆ゲスト<br>今回も客いじり。靴を探し客席にいって、客を引っ張ってきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2．リヴィウ　トゥドル　（ルーマニア）<br>コミック皿廻しなのだが、なんとフリスビー犬が登場。回している皿をくわえてしまうという乱入。これには大笑い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">3．ジム　ウィリアムズ　（アメリカ）<br>よぼよぼのじいさんが登場するのだが、突然音楽がなると激しく踊りだす。やむとまたじいさんになる。演技力が高く評価された。自分の好みではなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">4．クラウングループ O （モルダワ）<br>カザフのローマやイリーナと親しいというクラウンデュオ。なんでも彼の方は癌とのこと。オーソドックスなクラウニング。客を入れてのマジックネタをふたつ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">5. チャバ （ハンガリー）<br>出番が10分ほどだったと思うが、そのうち8分ぐらいは笑っていたのではないか。圧倒的な演技力で、場内を興奮させた。バイオリンケースをもっておどおどと登場するが、とにかく小さなことにこだわり、それを笑いに化していた。ミスタービーンのあのこだわりに近いものが感じられる。髪の毛がちょっと立っていて、それをなんとかしようとするのだが、ジェルの蓋がなかなか開かず、穴が開いてジェルが飛び出し、床に撒き散る。それに頭をこすりつけるところでは爆笑。文句無し審査員全員一致のグランプリ。見かけは若かったがあとで聞くと、50歳を越えているベテランクラウンだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">6．ジム　ウィリアムズ　（アメリカ）<br>ふたつ目のネタ。宇宙飛行士とマクドナルドという設定なのだが、自分にはちょっとその面白さが理解できなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">7. モル （ウクライナ）　☆ゲスト<br>去年観客賞を受賞したデュオ。ほとんど印象なし。</p>



<p class="wp-block-paragraph">8．フォーマティクス （ウクライナ）<br>昨日と同じ騎兵隊の銃をつかったギャグ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">9．セルゲイ　コビコフ　（ウクライナ）<br>昨日と同じ酔っぱらいジャグリング</p>



<p class="wp-block-paragraph">10．ウィザウトワーズ （ベラルーシ）<br>今日はふたりでのマイム。</p>



<p class="wp-block-paragraph">11．プランシェット （ウクライナ）<br>今日は6人で演じる。同じようにまずおかしな顔をして登場。その顔にあわせてエキセントリックな動きをしていく。素顔はとてもかわいい女性ばかりなのだが、こうした表情をつくり笑いをとっていくというのはたいしたものである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">12．ボリス　ボリシェンコ　（ウクライナ）　☆ゲスト<br>2013年のグランプリ受賞者。当社で豊島園に呼んだことがある。そのときはチューインガムのマイムを演じた。そのあとUSJで何年か働いていた。今日は人形ぶりのマイムを演じる。これが素晴らしかった。こういう美しい動きを見ると、マイムの力を感じる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">13．コミック　デュオ　ジュリエッタ＆コー （ウクライナ）<br>見るからに笑わせてくれるような女性クラウンのアグレッシブな客へのせまり方が大好き。さんざん客席で男性客をあおっておいて、最後に登場してくるやさ男が実は相方だったという設定だが、相方がちょっとおとなしすぎるのか、この設定をいかしきれていない気がした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">14．ナザル　スクラダニー　（ウクライナ）<br>お盆をつかったジャグリング。あまり笑いの要素は少なかったように思える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">15．マックス　ゴルディエンコ　（ウクライナ）<br>椅子を使ったバランスアクロバットを、ドラマ仕立てにして演じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">16．コミック　デュオ　ジュリエッタ＆コー　（ウクライナ）<br>今度はマジックショー。うさぎのぬいぐるみを取り出すのだが、これがばかでかいというだけで笑ってしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">17．クラウントリオ　エキヴォキ<br>ホワイトクラウンひとりに、オーギュストが二人というこの組み合わせがまず面白い。彼らはガラショーとかでも演じていたのでたぶん５つぐらいのネタをやっていたが、最初に見た縄跳びのがちょっとわかりづらかったぐらいで、実に面白い。動きがあるし、ふたりのオーギュストたちがかなりユニークなキャラなので、それだけでも笑える。紙飛行機のネタ。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>【観覧ノート③】「マスキ・クープ」</strong><br>クープとは立方体のこと。舞台の上には大きな立方体がいくつか置かれてあり、これがスクリーンになって映像が映し出されたり、衝立になったりして、可変的な装置となっていた。オープニング、客席からトランクを持った役者さんが登場。<br>客席の椅子の背もたれを渡り歩き、客席を盛り上げて舞台にあがる。<br>ここでスクリーンに映像が映し出されて、映像と生の役者さんが入れ替わったりとなかなか凝った演出。<br>20年前に見たときと比べて、ずいぶん垢抜けた感じがする。全体の内容は20年前と同じように、ストーリー等はなく小さなネタを次々に見せていくというヴァラエティ仕立て。20年前に観たたときはひとつひとつのネタにムラがあり、日本人には理解できないものも多かった。それに小さなネタの並べ方が並列的というか奥行きがなく、メリハリがない感じがしたが、この作品では映像を挟んだりしたこともあり、役者さんたちが年季を重ねるなか、うまくなったことが大きいと思うが、メリハリが出ており作品として完成度が高いものになっていた。<br>何よりも感心したのは60歳に届かんという役者さんたちが、相変わらずバカなことを真剣にやっていることである。看板役者のひとりのボリス君は、ネタのために全裸になったりもしている。主演のデリーエフも大熱演。タップなんか見ていると、「大丈夫か、息切れしちゃうんじゃないか」と思うぐらいの奮闘ぶり。</p>



<p class="wp-block-paragraph">涙が出そうになったのはマスキの代表的ギャグ「マナマナ」。これはひとりが「マナマナ」と言うと、相方が「トゥットゥットトゥート」と合いの手をいれるというギャグ。ふたりの微妙な間のとり方がナンセンスなおかしさをつくりだす。<br>おそらくウクライナの人たちは誰でも知っているギャグのひとつである。<br>最初に1989年に撮影されたこの番組の映像がスクリーンに流れる。そのあと同じ役者さんが、かなり年をとりボケが入ったような感じで登場する。<br>そしてこの「マナマナ」をやろうとするのだが、この「マナマナ」というのが出てこないというところから始まる。<br>ここで色々とやりながら、客席からも「マナマナ」と声がかかったりして、やっと始まる。そして相方が出てきて掛け合いが始まるのだが、この間が抜群によくて、面白かった。この他にも前にやったギャグ「瀕死の白鳥」とか池で石を投げるとかというのも数段面白くなっていた。</p>



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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow"></div>
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<p class="wp-block-paragraph">あとでデリーエフに年をとってみんな良くなったという話しをしたら、「クラウンニングはワインのようなもの。年季が入ると美味しくなるんだよ」とのことだった。<br>クラウンニングにおける持続ということの大事さを改めて教えてもらったような気がする。ほとんど期待せずに見たのだが、ちょっと感動さえしてしまい、クラウンものはしばらくやっていないが、「マスキ」を呼ぶというのもひとつありかなと思ったほどいい公演でめぐり会った。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<h4 class="wp-block-heading"><strong>【観覧ノート④】レオ・バッシー</strong></h4>



<p class="wp-block-paragraph">今回の「コメディアーダ」の特別ゲストのスペインのクラウンレオ・バッシーは、2回のガラショーに出演し、それぞれ違うネタを披露していました。<br>クラウン芸の真髄にふれたような感動をもらいました。<br>彼はディミトリーのように楽器ができたり、アクロバットやジャグリングができるわけではありません。<br>いでたちは完璧にホワイトクラウンなのですが、やっていることは決して優雅な立ち振る舞いを見せるわけではなく、むしろ泥臭いのです。そしてとにかくしゃべります。彼の魅力をどれだけ伝えられるかわかりませんが、感想を書いてみたいと思います。<br>初日のガラで演じたのが、催眠術とでも名付けられるような作品。<br>客席から登場してきたレオは、英語で「これからお見せするのは、今日ここに集まった500人のお客さんのうち499人がとても楽しめて大笑いできるのだが、ひとりはそのために犠牲になる。<br>どうなるかというと、いま自分が手に持っている皿の上にあるシェービングクリームを自分の顔にぶっつけるのだ」という口上を述べるところから始めます。<br>それから男女ふたりの客を選びました。<br>英語ができるふたりの若者、男性と女性が舞台にあげられました。ここでレオは、自分は6代にわたるサーカスファミリーのクラウンで何でもできるのだが、とりわけ催眠術が得意だといいます。まずは女性を催眠術にかけます。女性は、何かの合図で腕を組むと離せなくなってしまいます。<br>これを何度か繰り返し、そして術を解いたあと、いよいよ男性に催眠術をかけ、シェービングクリームを持たせました。そして「ワン、ツゥ、スリー、フォー、ファイブ」で自分の顔にこのクリームをぶつけるように術をかけたと説明。そしていよいよカウントが始まるのですが、「ファイブ」という前に彼は自分の顔にクリームをぶっつけ、真っ白になってしまうのです。これにはきっとこのクリームはレオに投げつけられるのだろうと思っていた観客のほとんどの期待を裏切られ、歓声もあがりましたが、この男性がちょっと可哀相という感じの声もあがっていました。<br>男性を客席に戻した後、レオは「いまのふたりは、サクラでしたよ」と暴露しました。この処し方が見事で、そして気づいたらこのギャグは40分近く演じられていたではありませんか。<br>これだけ長い時間、舞台に熱中させてしまったこのレオのクラウニングはまさに見事でした。<br>2日目のガラでは、有名らしい蜂蜜のギャグを演じていました。<br>これは最初、白いクラウンの衣裳を着て登場し、舞台で自分のクラウンの歴史のようなものを映像で見せながら、その間にスーツ姿になります。<br>そして彼はおそらく1リットル以上はあると思われる蜂蜜を頭から自分の体にかけ始めるのです。<br>そしてクラウニングはスイートなもの、人を甘い気持ちにさせるもの、と言った後、今度は鳥の白い羽根をもってこさせ、それをまた頭から散らし始めます。<br>そして、「クラウンとはエンジェル（天使）なんだよ」というのです。この、「エンジェルなんだよ」というところで、涙が出そうになりました。<br>人をスイートな気持ちにさせるために自ら蜂蜜をかぶるというその行為自体が崇高なものに見えてきましたし、それが天使ということであれば、それもまた納得できるものでした。自らが愚を演じ、人を楽しませる。<br>それが道化師の原点ではないかということ、そんなことを自ら演じていたように思えました。</p>



<h4 class="wp-block-heading">ユモリーナについて</h4>



<p class="wp-block-paragraph"><br>4月1日オデッサ市は笑いに包まれます。<br>この日、オデッサだけは祝日、4月1日エイプルフール、冗談を自由にいえるこの日を祝うのです。街の中心で、おしゃれなショップやレストランが立ち並ぶデリバス通りを起点に、あの有名なポチョムキンの階段がある海岸通りまでを、銘々工夫をこらした仮装をした集団がパレードします。そして終点の美術館前には特設ステージがつくられ、ここで深夜までさまざまなコンサートやショーが演じられます。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<p class="wp-block-paragraph">（ユモリーナを見に来た観客たち）<br>まさにオデッサの春はこの日から始まるといっていいでしょう。このお祭をどれだけオデッサの人たちは待ち望んでいたことか。今年は3年ぶりに開催されることになったのだから。2015年に勃発したウクライナ東部でのロシア軍との戦闘のため、ユモリーナは2年間中断されていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ユモリーナは必ず復活する、それをずっと市民は信じていました。それはユモリーナの歴史をふりかえると、わかるかもしれません。ユモリーナが始まったのは、1973年のことです。始まるきっかけとなったのは前年のある出来事でした。オデッサのユーモア倶楽部のひとつがソ連邦のなかで最優秀賞をとりました。<br>その直後、なぜかソ連文化省はこの「陽気なコメディ倶楽部」を閉鎖することにし、連邦内でのユーモアに蓋をすることを決定します。<br>もしこれが問題にならなければ、我が愛するオデッサはオデッサでなくなるということで、この年の秋「陽気なコメディ倶楽部」のメンバーが、これがなくなったらどうやって生きるんだ、それに代わるオデッサの笑いとユーモアのフェステバルをやろうと決議します。<br>ユモリーナという言葉はこのときのメンバーのひとりが思いつき、このシンボルマーク（陽気な船員）もメンバーがデザインしました。1973年4月1日の日曜日の朝に、それぞれが扮装したり、プラカードをつくったりして街に集まりパレードをしました。ユモリーナはこれから1978年まで5回行われましたが、1978年に禁止されることになります。ただオデッサ大学のキャンパスの中ではいろいろカモフラージュさながら続けられていました。正式にまた復活するのはゴルバチョフのペレストロイカの時代になってからです。<br>実際このときからこの祭典はさらに大きくなり、市当局も全面的に関わっていくフェスティバルとなっていきます。</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大島幹雄</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">元㈱アフタークラウディカンパニー勤務。宮城県生まれ。早稲田大学文学部露文科卒業。海外からサーカスや道化師を呼んで、日本でプロデュースしている。石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師。デラシネ通信社を主宰、不定期刊行の雑誌『アートタイムス』を刊行。</p>
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			</item>
		<item>
		<title>サーカス・シルクールの新作</title>
		<link>https://www.accircus.com/column/cirkor2017/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[大野洋子]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Feb 2017 11:36:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
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					<description><![CDATA[◆2005年に『99% unknown』という作品で招聘した、スウェーデンのコンテンポラリー・サーカス・カンパニー　CIRKUS CIRKÖR（サーカス・シルクール）の新作『underart』と『limits』を観にベル [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
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<p class="wp-block-paragraph">◆2005年に『99% unknown』という作品で招聘した、スウェーデンのコンテンポラリー・サーカス・カンパニー　CIRKUS CIRKÖR（サーカス・シルクール）の新作『underart』と『limits』を観にベルリンとストックホルムまで行ってきました。ヨーロッパの今を映し出す難民問題を扱った作品『limits』は、2014年に観に行った『Knitting Peace』の次の作品になります。</p>



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<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column has-border-color has-small-font-size is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="border-color:#ececec;border-width:2px;padding-top:var(--wp--preset--spacing--40);padding-right:var(--wp--preset--spacing--40);padding-bottom:var(--wp--preset--spacing--40);padding-left:var(--wp--preset--spacing--40)">
<p class="wp-block-paragraph">2005年に『99% unknown』という作品で招聘した、スウェーデンのCIRKUS CIRKÖR（サーカス・シルクール）の新作『limits』を観にストックホルムまで行ってきました。2014年に観に行った『Knitting Peace』の次の作品になります。<br><a href="https://www.accircus.com/wp/column/cirkor2014/">その時の報告はこちら。</a></p>
</div>
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<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">サーカス・シルクールの作品は、創立者でもあるTilde Bjorforsが作・演出をしていますが、この他にも、Olle Strandbers演出の作品もあり、ちょうど『underart』という作品が、ベルリンのカメレオンシアターで公演していて、サーカス・シルクールの制作担当者もベルリンにいるということなので、ベルリンとストックホルムに、1月31日～2月6日の旅程で行ってきました。<br>今年のヨーロッパの冬は、いつにも増して寒波がひどいということでしたので、防寒対策はしていきましたが、連日零下の気温と、時折降るみぞれや雪で、相当寒く、予定通り風邪をひきました。<br>カメレオンシアター（The CHAMÄLEON Theater Berlin）は、ベルリン・ミッテ地区の、ハッケシャー・ホーフ（Hackesche Hofe）という、かつては職人さんたちの工場や住居として使われていた建物だそうですが、東西ドイツ統一後に修復されてからは、ショップやギャラリー、雑貨屋、映画館などが入り始め、今ではベルリンきっての観光スポットになっている建物に入っています。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">The CHAMA¨LEON Theater Berlin外観</p>



<p class="wp-block-paragraph">カメレオンは、「ヴァリエテ」と呼ばれる、ダンスやマジック、アクロバット、ジャグリングなど、様々な要素が一体になったショーを上演しており、1920年代、文化の黄金時代だったベルリンでは160ものヴァリエテの劇場があったそうです。東西の分断で一度は衰退するものの、統一を機に復活し、ドイツの文化のひとつとして、現在でも根強い人気を誇っています。なかでもカメレオンは、コンテンポラリーサーカスに力を入れており、多くの作品を上演しています。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">The CHAMA¨LEON Theater Berlin客席</p>



<p class="wp-block-paragraph">ヴァリエテでは、食事や飲み物を飲みながら、舞台を楽しむことができます。20時開演でしたので、私は10分前ぐらいに行きましたが（ひとりだし）、殆どの人は、早めに劇場に入り、食べたり飲んだりを上演前にしていたようです。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">The CHAMA¨LEON Theater Berlin『underart』</p>



<p class="wp-block-paragraph">『underart』は、演出家のOlle Strandbersが、21才のときの舞台での事故のことをイメージとして表現した作品です。というのは、後でプログラムを読んで分かったのですが、その背景が分からずとも、楽しめる作品でした。<br>ダンサー１名、サーカス・アーティスト４名、ミュージシャン2名で構成されていますが、サーカス・アーティストも歌ったり、楽器演奏をしますし、ミュージシャンもかなり動きます。ダンサーもアクロバットをしたり、楽器演奏やコーラスに加わったりします。つまり出演者全員がなんでもでき、ほぼでずっぱりです。カメレオンの舞台は、とても小さく、動けるスペースが少ないのではと思いましたが、舞台道具を駆使し、小さいスペースをうまく活用していました。<br>印象的だったのが、最後のシーン。水が入った金魚鉢が５つ出てきて、ミュージシャンを除く全員が、金魚鉢に頭を入れた状態で数分逆立ちをします。不合理で、でもどこかユーモラスでもあり、私たちが生きている小さな世界を表しているかのように思えました。<br>サーカス・シルクールの音楽（オリジナル）は、どの作品も素晴らしいのですが、『underart』の音楽も素晴らしく、休憩時間にCDを買いに走りました。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">『underart』</p>



<p class="wp-block-paragraph">ベルリンは、ずっと行きたかったところなので、零下の中でも、散策するのはとても楽しく感じられました。ハッケシャーホーフ、サブカルチャー発信の場所とも言われるハウス・シュヴァルツェンベルク、お約束のベルリン大聖堂とブランデンブルク門、イーストサイド・ギャラリーを散策し、2日目はポツダムまで足を伸ばし（川が凍っていました！）、そして私の観光メインイベントの、コンディトライ・ラビーンという、４代続く老舗でバウムクーヘンが有名なお店に、電車で40分かけて行き、お茶を飲みながら、美味しいバウムクーヘンをいただきました。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">haus schwarzenberg</p>



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<p class="wp-block-paragraph">eastside gallery</p>



<p class="wp-block-paragraph">2/3にベルリンからストックホルムへ。16時ぐらいにホテルにチェックインをし、ずっと時差ぼけのため2～3時間しか眠れていないので、仮眠をとろうとするも眠れず、スーパー散策へ。ストックホルムは、ベルリンよりも底冷えがする感じでしたが、観光客はかなりたくさん見受けられ、スーパーにもたくさんの観光客と思しき人たちが買い物をしていました。<br>サーカス・シルクールの新作は、いつもDansens Husという劇場が初演です。750席の横長で、間に通路がない不思議な客席ですが、最後列からでもとても見やすい劇場です。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">Dansens Hus</p>



<p class="wp-block-paragraph">新作『limits』は、クリスマスを除いて完売という盛況ぶり。サーカス・シルクールのスウェーデンでの人気は、非常に高いですが、今回は新作のテーマにも、その盛況ぶりの理由があったように思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『limits』は、移民/難民というテーマを扱い、彼らが、閉じられてしまったヨーロッパの国境を越えるために、海や壁を越えていくイメージが、ところどころに感じられます。客入れの時間には、舞台奥のプロジェクターに、カモメが海（川？）を飛んでいるシーンが流れています。自由に飛んでいる鳥たちには、国境などどこにもありません。アメリカのトランプ大統領は、メキシコとの国境に建設しようとしている壁について、「国境がない国は、国とは言えない」と言っていましたが、『limits』は、境界線をもって人々を拒む理由などないと言っているように、私には感じられました。境界は、国境だけでなく、自分の利益や生活を守るために、他者を排除する、弱者を排除するという比喩のようにも思えます。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">『limits』ポスター</p>



<p class="wp-block-paragraph">作品の終盤、氏名が書かれた長いリストが映し出されます。国境を越えようとするときに、事故や病気などで亡くなった移民/難民の名前です。その映像の前で、ティッターボードが繰り広げられられるのですが、限界まで飛び続ける演技は、胸に迫るものがあり、移民/難民問題は世界規模の緊急の問題だと、考えざるを得ませんでした。<br>舞台で使用するものと同じ部屋が、ロビーに展示されていました。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">そして日本の状況はと検索してみると、平成27年度の難民認定申請者数は、7,586人。前年に比べ、2,586人増加し、過去最多ということです。この内、難民認定者数は27人（！）で、それでも前年より16人の増加。その他に、人道上の配慮を理由に在留を認められた人が79人。合計106人の人たちが在留を認められたということになります。日本という小さな島国は、移民の流入を抑えているわけですが、様々な理由があるとはいえ、離れがたいであろう母国を捨て、他国に助けを求めざるを得ない人たちの中の、たったの106人しか受け入れられないという厳しい現実に、胸が塞がれる思いです。<br>『limits』の出演者は、サーカス・アーティスト5名と、ミュージシャン1名ですが、『underart』同様、サーカス・アーティストも歌を歌ったり（これがうまい！）、楽器演奏をしたり、ミュージシャンも傾斜のある板を登ったりと、全員がなんでもやります。個々のアクトもかなり技術的に高いものがあり、シル・ホイール、コントーション、固定の空中ブランコ、ジャグリング、ティッターボード、トランポリンと、どれも素晴らしく、しかもそれぞれが、常にテーマから離れずにいるため、サーカス芸を通しての表現する力に圧倒される思いでした。そしてまた、CDを買いに走りました。『limits』は、時差ぼけの眠気がすっ飛ぶほど、衝撃的な体験でした。<br>最後に、演出家のTilde Björforsが、チラシに書いている文章を掲載します。</p>



<p class="wp-block-paragraph">＜親愛なる観客の皆様＞<br>2015年の秋、私は多くの人々同様に、スウェーデンに移住しようとしている人たちを、人道的な精神をもって歓迎しようとしていました。仮設住宅にも関わりましたし、私の家もオープンにしていました。何百人という人たちが、国境を越えました。そこには、偶然が引き起こした新たな物語と悲劇がありました。<br>人間には、リスクを超えようとする、素晴らしい能力があります。しかし、自由な自身の意志でリスクを引き受けているサーカス・パフォーマーと、自身の命をかけて逃げなければならない人たちが抱えるリスクには、大きな違いがあります。避難を余儀なくされた人もいるでしょう。とはいえ、リスクをどうにかしなければいけないということでは同じだと言えると思います。<br>避難しなければならない人たちは、恐怖というものがどういうことか分かっているだけに、とても勇敢だと言えるでしょう。彼らは知らない世界への冒険へと乗り出すことができるのは、信念だけであるということを知っているのです。<br>私たちのサーカスは、20年に渡り、“境界”を崩してみるということに、力を注いできただけに、ヨーロッパの国境近くや、国境を越えた後の出来事を見るのは、とてもショッキングなことでした。“サーカス”という言葉は、しばしば侮蔑の意味を込めて使われることもありますが、私はそれはまったく逆で、世界はもっとサーカスを学ばなければならないと思っています。<br>誰もリスクを負わない世界を想像してみてください。時には、少し考える余裕も必要ですが、私たちが現在直面している問題に挑戦するには、私たちは、自身を猛特訓すべき時にきているのです。<br>私たちが思う以上に、私たちの“境界”は柔軟です。私たちのハートと頭脳は、生来成長できる能力があるのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">Tilde Björfors（CIRKUS CIRKÖR演出家）</p>



<div class="wp-block-vk-blocks-border-box vk_borderBox vk_borderBox-background-transparent has-text-color has-vivid-green-cyan-color is-style-vk_borderBox-style-solid-round-tit-tab"><div class="vk_borderBox_title_container has-background has-vivid-green-cyan-background-color"><i class="fa-solid fa-pen"></i><h4 class="vk_borderBox_title">この記事を書いた人</h4></div><div class="vk_borderBox_body">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:66.66%">
<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大野洋子</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。</p>
</div>
</div>
</div></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>サンクト国際文化フォーラム報告 2016</title>
		<link>https://www.accircus.com/column/forum2016/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[幹雄大島]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Dec 2016 11:41:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ・コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.accircus.com/wp1/?p=420</guid>

					<description><![CDATA[◆2016年12月1日から3日間、ロシア・サンクトペテルブルクで開催されたサーカス・フォーラムに参加・報告した。今回はサーカスセクションと、ジャグリングセクションに分かれていて、私が報告したのは、ジャグリングセクションの [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
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<p class="wp-block-paragraph">◆2016年12月1日から3日間、ロシア・サンクトペテルブルクで開催されたサーカス・フォーラムに参加・報告した。今回はサーカスセクションと、ジャグリングセクションに分かれていて、私が報告したのは、ジャグリングセクションの方。ロスゴスツィルクやボリショイサーカスなど、旧ソ連圏のサーカス界の要人や、各国の著名なジャグラーなどが参加する力の入った文化フォーラムで、様々な参加者との交流に花が咲いた。</p>



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<div style="height:30px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="wp-block-paragraph">一昨年に参加したロシアのサンクトペテルブルグで開催される国際文化フォーラムサーカス分科会、第5回目となる今年のフーラムに参加してきた。各国のサーカスの要人たちが集まったフォーラムは今回も大変興味深い内容だった。今回もこのフォーラムの報告をしたい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　前回参加した時の様子はこちらをご覧ください。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この国際文化フォーラムは今回2つのセクションから構成されている。 第1セクションは、各国のサーカス団の団長を中心にしたもので、サーカス産業をテーマにした討議・講演が中心となっている。第2セクションは、ジャグリングをテーマに、講演やワークショップを中心としたもの。</p>



<h4 class="wp-block-heading">12月1日(木)</h4>



<p class="wp-block-paragraph">自分は最初間違って第1セクションに知り合いが多かったために、そちらに出席。ロスゴスツィルクのイワノフ新総裁とモスクワボリショイサーカス団長のザパーシヌィ、サハサーカスのセルゲイ・ラストルギェエフ、イスラエルの「ドラド」サーカスのヌシンスキイ総裁が出席。ザパーシヌィの報告の途中、呼ばれてジャグリングセクションに参加。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:100%">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/circus_section.jpg" alt="" class="wp-image-1326"/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">最初のパルーニンの「なぜジャグリングなのか」という開会の挨拶は聞けず。アメリカ在住のドミニク・ジャンドゥの「ジャグリング芸術とその歴史的パースペクティブ」の報告の途中から参加。このあとに同じテーマでイリーナ・セレズニェーバ－レジェルが報告。彼女は最近「チニゼリサーカス」という大きな本を出版したという紹介があった。話の中でチニゼリサーカスに日本人のアーティストがたくさん仕事をしていたというエピソードも。彼女にはいろいろ教えてもらいたいことがありそうなので、講演後に挨拶。少し休憩があり、いかにして「ジャグラーになったのか」という報告がソ連時代に有名なジャグラーとして知られるビリャウエールから話があった。話の間流れていた彼の練習場所となっていたのが、洞爺湖のサンパレスホテルのロビーだったのがおかしかった。あとでその話をすると本間興業の仕事だったという。 　夕方からサンクト郊外にあるウプサラサーカスに移動。ここは2008年に創立されたストリートチルドレンたちのためのサーカス団。</p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-7387b849 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:100%">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2016/12/upsala_circus.jpg" alt="" class="wp-image-1859"/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">ウプサラサーカス</p>



<p class="wp-block-paragraph">ここで最初はダウン症の子供たちと一緒にジャグリングを楽しむという。「障害をもった子供たちがいかにしてジャグリングをするか」がここの支配人であるラリサ・アファナシェーバの指導のもと行われる。最初はちょっと危険なのではとも思ったのだが、ビニール袋を使ってジャグリングをする。ここの子供たちはそこそこジャグリングができている。あとで指導者のひとりがジャグリングは一番子供たちが集中してやるのでいいと言っていた。 このあと今回のオーガナイザーのひとりフリッシュが、子供たちを相手にしたワークショップ「空飛ぶオレンジ」。最初は子供たちに果物や野菜を自由にとらせてジャグリングをさせるもの。競技形式にして最後に残ったものにプレゼントをあげるというもの。このあと皆を坐らせ、なぜか私が餌に使われ、フリッシュと私が二年前の「スノーショー」の時偶然あったことや、私がサーカスについての本を書いているということなどを紹介、そのあとトイレットペーパーをつかったギャグをみんなに披露するということになったが、私はこのネタを知っているよと言ったら、チェンジされる。 　その後「ウプサラサーカス」でメンバーによるショーを見学。この公演には「サーカス産業セクション」に参加していた代表団も多数集まる。とにかくテントの雰囲気が最高。二人による生演奏からはじまる。7人のメンバーによるショー。派手な芸はないのだが、なぜかさわやか。この感じはどこかでいつか感じたもの、そうそう「沢入サーカス学校の発表会」の時に感じるものと同じさわやかさである。 公演後ピローグとワインで交流会。いま到着したばかりのジェローム・トマやサハのセルゲイもジャグリングを披露するという楽しい夕べになった。なぜかウプサラサーカスのスタッフさんに自分はすっかり人気ものになってしまって、あちこちからお呼びがかかった。</p>



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<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:100%">
<figure class="wp-block-image alignleft"><img decoding="async" src="https://www.accircus.com/wp/wp-content/uploads/2016/12/jerome-thomas.jpg" alt="" class="wp-image-1863"/></figure>
</div>
</div>



<p class="wp-block-paragraph">ジェローム・トマ</p>



<p class="wp-block-paragraph">ホテルに戻り、サハのセルゲイの部屋で明日発表することになっているワレンチン・グニェーショフと今日発表をしたジャグラーのビリャウエールとで、サハのウォッカとレナで採れた魚モキウムを肴に一杯。この魚が絶品だった。サハサーカスのクラウンとして活躍するセルゲイの姪っこのファクーラがかいがいしく世話をしてくれる。ウォッカがなくなったところで、下に行き、今回のコーディネイターのナターシャとアシスタントのマーシャを交え、バーでまたウォッカを飲み直す。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">左からラストルギェエフ氏、グニェーショフ氏、ビリャウエール氏、筆者</p>



<h4 class="wp-block-heading">12月2日（金）</h4>



<p class="wp-block-paragraph">会場に行くバスの中で、カザフ国立サーカスの新しい総裁やモンゴルサーカスの総裁たちと名刺を交換。みんな「サーカス産業」セクションなのだが、こちらはかなりの豪華メンバーだ。モンゴルサーカスのディレクターは二年間日本で日本語を勉強していたというので日本語がうまい。カザフのディレクターはかなりがたいが大きいのでパーチかなんかしていたのかと思っていたら、オペラ歌手で前はオペラ劇場の支配人をしていたというので大笑い。 今日のジャグリングセクションはなかなか濃い内容になっている。 まずはグニェーショフが演出したジャグリング作品の名作「ピエロ」をピモネンコが実演。予定ではこのあとグニェーショフの講演があるのだが、どうやらまだ会場にきていないらしい。そこでこういうときはいつも頼りになるフリッシュがグニェーショフの演出について解説。このあとセルゲイ・イグナートフが自分のビデオを見せながら解説。その中には1988年の日本公演の映像も。このとき彼は11個のリングのジャグリングに成功している。この日本公演のことはよく覚えている。そのときの印象ではイグナートフは見かけはストイックな感じがしていたのだが、冗談も交えかなりの饒舌家だった。アメリカ公演で初めて11個のリングに成功したときのプライベートビデオはなかなか感動的だった。 　このあとワークショップ。およそ3時間あった。これは４つのボールができることが条件みたいだったが、実に興味深いワークショップだった。見ていても若いジャグラーたちがどんどんうまくなっていくのがわかる。教え方が実にしっかりしているということなのだろう。彼を日本に呼んでワークショップさせたらいいのではないだろうか。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">イグナートフ氏のワークショップ</p>



<p class="wp-block-paragraph">短いブレークのあと、寝坊して遅れてきたグニェーショフの講義。いろいろ興味深い話もあったが、どこか崩れてしまっていていることが憐れだった。聞けば今日の朝食会場でシャンペーンを何度もおかわりしてすっかり酔っぱらっていたという。途中二度ほど感情的になって泣きだしたのにはびっくり。 このあとイギリスのショー・ガンジーというなかなか面白いジャグリングショーをつくっている人がビデオで自分たちのショーを紹介したあと、ワークショップ。 このあと本当は自分が話すことになっていたのだが、今日は時間がないので明日になってしまった。せっかく朝飯も食べずに練習していたのだが・・・まあ今日は二日酔いもまだ残っていたので明日の方がいいだろう。 　この後、ジェローム・トマがいままで彼がつくってきた自分のビデオを見せながら解説。これがみんな面白いものだった。彼はジャグラーとしてもすごいと思うが、作品をつくるセンスに満ちあふれている感じだ。このあとワークショップ。今日参加したジャグラー君たちはずいぶんいいチャンスをもらえたのではないだろうか。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">トマ氏のワークショップ</p>



<p class="wp-block-paragraph">三人それぞれ違うスタイルだが、かなり中身は濃い。自分は最後まで残ってワークショップを見学。開会セレモニーが行われるマリンスキイー劇場に行くまでジェロームといろいろ話す。彼はずいぶん前に大阪のNGKで働いただけで、日本では公演してないという。彼のつくった作品がまだ上演されていなかったとはちょっと意外だった。 　厳しいチェックを受けて、マリンスキイー劇場で開かれた第５回文化フォーラム開会式に出席。最初の挨拶はプーチン大統領。この人の肝入りでこの文化フォーラムははじまったという。</p>



<p class="wp-block-paragraph">このあと１時間ぐらいのショー。今年がロシア映画年ということで映画にちなんだ出し物が続く。最初はエイゼンシュタイン「イワン雷帝」の有名なシーンがスクリーンで紹介されるなか、プロコフィエフの音楽がゲオルギーエフ指揮のフルオーケストラで演奏されるほか、今年のヒット作や来年公開予定の映画なども紹介された。なんでもいまロシアでは映画が産業としても成長しているらしい。観客数も増え、映画館自体も増えているという。すべてが終わりプーチンが退場するところで、意外に近いところを通りすぎてくれたのでスマホで撮影。 　ホテルに戻ってから、サハのセルゲイとイタリアのサーカス研究家でプロモーターでもあるギアロアとブルガリアのエージェントのステファンと四人でホテル近くのチェコレストランでビールを軽く飲みながら談笑。ギアロアがプロデュースしたという馬１５０頭のショーのデモンストレーション映像を見せてもらったがこれは凄い。ホテルのロビーではまだ関係者が残って飲んでいたようだが、ここはパスさせてもらって部屋に戻る。</p>



<h4 class="wp-block-heading">12月3日（土）</h4>



<p class="wp-block-paragraph">朝ドミニク・ジャンドゥが帰国するというので、持ってきた「アートタイムス」を進呈、掲載記事のひとつリズリーの本の書評を見て、びっくり。作者のフレッドとは一ブロックしか離れていない近所同士だという。 　8時45分出発、昨日までの会場であったボリショイドラマ劇場小ホールではなく、エルミタージュ美術館内のホワイトルームに向かう。たぶん予定表にはそう書いてあって、オーガナイザーはみんなわかっていると思っているのだろうが、来てみてびっくりという感じ。今日の公演の準備をボリショイドラマ劇場のスタッフさんと二回も確認しながらやったのに、聞いていないという感じだったのだが、自分の中ではまたボリショイドラマ劇場に戻るんだよなという気持もあった。ところがロスカンパニーのイワノフ代表の挨拶、ポルーニンの野外劇についてのスライド上映が終わったあとに「ミキオ・オオシマ」と呼ばれてしまった。でもUSBとDVDを持ってきたことは救い。昨日まであれだけチェックしたyoutubeのリンクが使えないことがわかる。インターネットがないという。こんなもんである。とにかくオリガが訳してくれたテキストを読むしかない。昨日までのフランクな感じではなくかなり公式的な感じで緊張もしたし、やはり意外な展開に動揺もあったかと思うが、なんとか終えることができた。あとでわかったが最後に見せた日本のジャグリングカンパニー「頭と口」の渡邉尚君のフロアージャグリングがかなり衝撃を与えたようだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">このあとはフリッシュと一緒にカフェで食事。黙って食事する男ではない。次々に来たお客さんや係員に話しかける。不思議なのだがこれが厭味がないからみんな乗ってくる。おかしかったのはひとりの作家さんが話しているうちに意気投合して、本までプレゼントされたこと。さらに2時半からはじまったルナチャルスキイ賞授賞式で隣合わせた人から、フリッシュよねと声をかけられ、すぐに記念撮影。たいしたもんである。 　ホテルに戻り一休み。ロビーではまたグニェーショフがすっかり酩酊していた。つかまりそうになったが、フリッシュが救いの手を出してくれて、部屋で休めることに。8時からはじまるいまサンクトで話題になっているカバレットショーを見学。車でレニングラード駅までしか送ってもらえなかったので、会場までかなり歩くことになったが、いい運動になった。素晴らしい会場だったがショーはひどいものだった。休憩時間で抜け出して、パルーニンの自宅へ。無事に今日でフォーラムが終わったということで打ち上げをやっていた。インド料理をつまみながらここでもフリッシュの話にみんな腹を抱えて大笑い。今日自分の話の中で映像を見ることをとても楽しみにしていたナターシャに、USBをそのままプレゼント。これでちょっとほっとする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">パルーニン夫妻に別れを告げて、ホテルに戻る。またロビーではグニェーショフが飲んでいた。これから汽車でモスクワに帰るという。抱きつかれ、ほんとうに今回あえて良かったと言ってくれたのはうれしかった。ほんとうに俺はお前のことが好きなんだぞというから、俺も好きだよというと、そんなにでもないだろうと言い返すところは相変わらずなのだが・・・ 　このまま部屋に戻り、今日は二階のベッドで寝ることに。こんだけ広いからなのかもしれないが、部屋が寒い。来てからずっと続いていた喉の痛みはなくなったのだが、せきがとまらなくなっている。電話が鳴ったがもうでないでおく。そのまますぐに寝ついてしまった。</p>



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<p class="has-large-font-size wp-block-paragraph"><strong>大島幹雄</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">元㈱アフタークラウディカンパニー勤務。宮城県生まれ。早稲田大学文学部露文科卒業。海外からサーカスや道化師を呼んで、日本でプロデュースしている。石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師。デラシネ通信社を主宰、不定期刊行の雑誌『アートタイムス』を刊行。</p>
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