サンクト・サーカスフォーラム報告2014


◆2014年12月7日から3日間ロシア・サンクトペテルブルクで開催されたサーカス・フォーラムに参加・報告した。フランスのコンテポラリー・サーカスDefractoの公演、サーカスや野外劇の演出をめぐっての討議には、昨年メイエルホリドセンターで公演されたロ シア初のコンテンポラリーサーカス『360度』の演出家やソチオリンピックの開閉幕式 を演出したダニエル・フィンジ・パスカも報告、サーカスや野外劇の歴史を振り返りな がら、サーカスの未来の可能性について熱い論議がかわされた。

昨年12月7日から8日までロシアのサンクトペテルブルグで開催された第三回国際文化フォーラムサーカス分科会に参加してきた。乗り継ぎのモスクワ・シェルメチボ空港で財布を失くすというトラブルはあったが、数多くの旧友たちや新たな友との出会いもあり、さらには素晴らしいフランスのコンテンポラリーサーカスを見る機会もあり、興味深い講演もたくさん聞け、濃密なサーカスの時間にどっぷりと漬かることができた。このフォーラムの報告をしたい。

この国際文化フォーラムは政府が主催し、行っている大規模な文化イベントである。一昨年の参加者が1500人だったのに対して、去年は6000人が参加するようになったというから、その力の入れ方がわかる。サーカス分科会をとりしきったのは、2012年からサンクトペテルブルグ国立サーカスのディレクターとなっているスラーバ・パルーニンである。昨年8月日本でも評判になった「スノーショー」をつくったロシアで最も有名なクラウンである。彼は1980年代から「リツェジェイ」というクラウングループをつくり、ソ連時代にヨーロッパ各地で公演し、大きな話題をつくりだした。しばらくはフランスを拠点に活動を続けていたが、ソ連解体後ロシアに戻り、2001年にモスクワで開催されたシアターオリンピックの野外演劇部門のプロデューサーとなり、世界中の野外パフォーマンスを招聘することになる。自らも出演したシルク・ドゥ・ソレイユの「Alegría」は、彼のコンセプトから生まれたものである。
 そんな彼が今回テーマとしたのは、サーカスや野外パフォーマンスにおける演出とサーカス教育であった。「スノーショー」で来日したスラーバといろいろと話しをしていたときに、このフォーラムのことが話題になり、参加しないかと誘われた。すべて招待だったのだが、分科会で「日本のサーカスの演出」について報告するという条件があった。
 12月7日11時にフォーラム会場となるチャップリンホールで参加エントリーの手続きをすませて、入場。知った顔が何人もいる。3年前リトルワールド、さらにはルスツリゾート、姫路セントラルパークに出演してもらったクラウンのボリス・ニキーシキンは師匠のアンドレイと一緒に参加。「スノーショー」にも出演していたアレクサンドル・フリッシュ、ワレンチンサーカスの振り付けをしていたパーシャ、なによりもうれしかったのは、ミミクリーチの演出家のウラジーミル・クリューコフとの再会である。メールで何度かやりとりはしていたのだが、実際に会うのは、10年ぶりぐらいになるかもしれない。

 

(会期中に行われていた写真展)

そして私のインタビュー記事をロシア語でウラジオストック日本センターのホームページで掲載してくれたオリガとも3ヵ月ぶりの再会。彼女は自分の報告原稿をロシア語に翻訳をしてくれている。
フォーラムは昨日から始まっているので、特に挨拶とかはなく、すぐに予定されたプログラムに沿って始まる。講演部門のテーマは「新しいサーカスと野外演劇-サーカスにおける演出・野外演劇の現在-傾向と発展・問題と成果」ということで、それに基づいて各自が発表することになった。以下そのタイトルと発表者、簡単な内容をメモ形式にまとめてみた。

●「ロシアサーカスの演出の歴史」(Aleksandr Kalmikov 演出家)
前・ロスカンパニーの総裁で、前回2010年のサーカス演出フェスティバルの総責任者
ソ連時代のサーカスの歴史を俯瞰しながら、いかに高度な演技がつくられていたかということについて語る。

●フトゥリズム・演劇・サーカス(Nikolai Pesochinsky 国立演劇アカデミーサンクトペテルブルグ准教授)
おもにロシア・アヴァンギャルドとサーカスについて、革命前のメイエルホリドの実験から始まり、革命後の「ミステリア・ブッフ」や民衆喜劇座、フェックスやエイゼンシュタインの実験を振り返る。 この中で大変興味深かったのが、メイエルホリドが晩年に企画していた新劇場の内部の写真、外形については円形のサーカス場を模したものであるという紹介はあったが、内部の写真を見ると円形のステージとそれを囲む客席など、サーカス場をイメージしたものだということがよくわかった。

●チニゼリ・サーカスにおけるペトログラドフスキイ劇団の悲劇-「マクベス」と「オイディプス王」(Anna Laskina 国立演劇音楽博物館サンクトペテルブルグ支部)
革命直後にチニゼリ・サーカスで演じられたふたつの大きなスペクタクルについて

食事休憩のあと、別な会場で開催されている「サーカス教育」というテーマでのワークショップのプログラムのひとつを、講座部門の参加者にも特別に公開した。これはドイツで行われたダウン症の子供たちによるサーカスショーの映像であった。子供たちが自然にサーカスを演じる喜びを感じているのが伝わってきた。

 

(子供たちはいかにして飛ぶかというプログラム)

このあと会場を変えて、後半の講座が始まる。

●サーカス「ワレンチン」(Dmitry Korneevich サーカスアーティスト)
補足するかたちでワレンチンサーカスで振り付けをしていたパーシャがこのサーカス団について説明。日本にも二度来日したことがある、ペレストロイカからソ連解体の激動期に斬新な演出で世界中から注目を浴びたワレンチン・グニェーショフという演出家について、一緒に仕事をしていたふたりの回想。スラーバはワレンチンをこのフォーラムに参加を要請したが、断られたとのこと。

●野外劇とサーカス作品の演出-演出家が直面する基本的問題(Andrei Moguchii トフストノーゴフ記念ボリショイドラマ劇場芸術監督・演出家)

●メイエルホリドセンターにおける360°-演劇の舞台におけるロシアの新しいサーカス(Ekaterina Alekseenko メイエルホリドセンター運営支配人・Dmitry Melkin 『360°』演出家)
昨年9月に初演されたロシア初のコンテンポラリーサーカス『360°』をプロデュースしたメイエルホリドセンターの支配人とこの公演の演出家の講演。
 この作品をつくったメイエルホリドセンターのプロデュースの意図は以下のようなものであった。
「新しいサーカス(ノーヴィーサーカス)はサーカス芸術のフォルム・ファクト・物理学を用いて実験することである。この新奇さにも関わらず、神秘的で幻想的な見世物の本質そして根源を目指す。ヨーロッパで「新しいサーカス」はすでにひとつのジャンルを成している。そこには自分たちの歴史があり、すでに認められた才能ある人々や教師たちもいる。ロシアで「新しいサーカス」はまだ立ち上がったばかりである。なにをもってロシアのコンテンポラリーサーカスというのか。アリーナに出演する人間たちによって何が起きるのか?ジャグラーやエクビリスト、動物調教、空中アクロバット、ダンサー、コミカルなマジシャンといったサーカスのアーティストたちは劇場で何ができるのか?
『360°』これはサーカスのリズム、その日常の呼吸である。これはサーカスの迷信、伝統、恐怖、職業的美学、アーティストの家系である。
 我々には偉大なるサーカスの系図と偉大なる教師たちがいる。彼らが実験を行おうとしている新しいサーカス世代たちを鍛え上げる。『360°』に参加するパフォーマーたちは実際に新しい世代である。若いロシアのサーカス、それが彼らなのである。彼らはメイエルホリドセンターの大舞台をマネージ(円形の舞台)へと変える。現実の時間に人間が自分の肉体の可能性の限界まで動くとき、演劇の制約性はサーカスの技(トリック)の絶対性(無制限さ)と出会うのだ。」
これを演出したディミトリー・メルキンのコメント。
 「サーカスへの私の視点、それは内側からの視点である。私たちの願いは私たちがいままでなじんできたようにロシアのサーカスとは違うなにかをもったサーカスである。筋肉の演技や跳躍についてではないサーカス。たぶんこのサーカスは私たちについてのサーカス、愛や人生についてのサーカス。もちろん私たちは魅力的な技をお見せするし、それをしっかりと見てもらうつもりだ。技(トリック)、これはサーカスの本質、サーカスの言語だ。トリックは絶対的なものであり、決してコピーできないし、簡単にできるものでもない。私たちにとって重要なのは、ひとつひとつのトリックの向こうに、これを乗り越えるところまで連れて行こうとする人間の生き方があるということである。」
このあとデモンストレーションの映像を見る。

●サーカス「Bizarre」と「Global Circus」-演出概念の研究(Nikolai Chlnokov Global Circus創始者と演出家)
シルク・ドゥ・ソレイユの『Saltimbanco』のメインキャラクターをしていたアーティストの話。彼がつくったシャガールの絵をテーマにした作品の紹介。

●祝祭の演出家(Andrei Bartenev パフォーマンス演出家)
自ら羊のぬいぐるみを着て入場、彼が演出したパフォーマンスの映像を見る。これがとにかく馬鹿馬鹿しくて、みんな大笑いしていた。スラーバはこの演出家のことがとても好きな様子で、彼がプロデュースしたカーニバルで活躍しているようだ。

●クラウン作品の演出(Vladimir Kryukov)
元ミミクリーチの演出家が手がけたクラウン作品について振り返る。

 

ウラジーミル・クリューコフ

このあとみんなでバスで移動して、このフォーラムのためにスラーバが特別に招待したフランスのジャグラー2名によるCompagnie Defractoの公演を見に行く。美術館の中にある小さなホールで、観客はフォーラム参加者だけ。いきなりバナナの皮を剥いて、食べるところから始まるのだが、ジャグリングの美学をすべて破壊させて、ショーをつくっているというのがすごかった。公演後全員が立って拍手を送る。

 

Compagnie Defractoのパンフレット

12月8日

この日も11時から講座がはじまる。
●モノクロカーニバルと色彩カーニバル(スラーバ・パルーニン)
パルーニン自身がかかわった野外劇のスライドを見ながら、彼がいままでロシアやヨーロッパで演出してきた野外カーニバルについての講演。誰にでも参加できるというのがひとつの原則になっていた。

●ダニエル・フィンジ・パスカ(Daniele Finzi Pasca)の「サーカス」
(シルク・ドゥ・ソレイユ、シルク・エロワーズ演出。カンパニー・フィンジ・パスカ代表)
今回のゲストで一番の大物といっていいかもしれない。『Corteo』やシルク・エロワーズの演出、さらにはソチ・オリンピックの開閉会式のサーカスの演出をしていたという彼が、自分のつくった作品のダイジェストを見せながら、その演出について講演。講演後質問が殺到していた。「サーカスは民主的なものであって、独裁的なものではない」という意見に対して、この演出家は「そう二元的に考えてはいけない、たとえば船に乗って航海するときは船長の言うことにみんなが従わないと無事な航海ができない」とそつなく答えていたのが印象的だった。

 

ダニエル・フィンジ・パスカ

●現代フランスサーカスの演出(Beatris Pikon-Valen 芸術学博士・Stefan Rikordel 俳優・サーカスアーティスト、劇団Silviya Monfor芸術監督)
ふたつの注目すべきサーカスと演劇が合体した作品について解説。ひとつは空中アクロバットがメインとなったロシア語で『пустота』(空虚という意味)という作品。
もうひとつはチリからフランスへ亡命してきた演出家がつくった「DOCTOR DAPERTUTTO」。野外劇でチリのフランスの俳優とサーカスアーティストによる共同公演なのだが、メイエルホリドの人生や彼がつくった芝居作品の断片を散りばめた作品。2014年フランスのオーリャックで上演されたときの映像はかなり面白かった。群衆劇であり、サーカスのアーティストたちも参加したスペクタクルであった。

●シルク・ドゥ・ソレイユ-フランコ・ドラゴンと他の演出家の演出(Pavel Bryun シルク・ドゥ・ソレイユ演出家)
ワレンチンサーカスで振り付けをして、そのあとシルク・ドゥ・ソレイユで演出をしていたパベルによる、フランコ・ドラゴンというサーカスの演出家について、これも映像を見ながら解説。シルク・ドゥ・ソレイユの「O」やマカオのシルク・ドゥ・ソレイユの専用劇場の演出をしているドラゴンは、いま中国の武漢に2014年12月彼のためにつくられた専用劇場で演出をしているという。とにかくスケールの大きいスペクタクルである。

●日本のサーカスの演出(大島幹雄)
オリガが訳してくれたテキストが入ったカバンを昨日飲んでいたときどこかに忘れてしまい、テキストなしでぶっつけ本番、ロシア語で報告。日本のサーカスの新しい潮流ということで、いまスポーツの世界(それもどちらかというとマイナーな分野)の人たちが積極的にエンターテイメントショーをつくろうとしているということで、佐々木敏通さんのカンパニーB.E.A.T.のバトンのショーと下山和大さんがつくった一輪車フィギィアのショーの一部を見てもらう。なんどか場内から拍手がおこった。そのあとは演出家が加わった例として青森大学の新体操の公演の一部をみてもらう。最後に「ながめくらしつ」の映像を見てもらい、世界的なレベルに達しているジャグリングのアーティストが自分たちでショーをつくっているということを報告した。ドラゴンとかパスカの演出家の派手な仕掛けの映像と比べてみたら、ずいぶんと地味ではあるが、やはりなにか感じるものがあったようで、ずんぶん真剣に見てもらった。終わってから何人かが寄ってきて、とても面白かったと言ってくれた。

●アンドレー・ヒラーのサーカス(Nataliya Tabachikova 演劇学・国立サンクトペテルブルグボリショイサーカス教育開発部長)
アンドレー・ヒラーという最初にロンカリを一緒に立ち上げた演出家の話。ここで流れた映像がすごかった。とくに最後に見せてもらったペガサス(本物の馬)がでてくるショーにはぶちのめされた。この人のことは前から気になっていたがこれだけまとめて作品を見たのは初めて。

以上がフォーラムでの講演メモである。終わってみて感じたことは、このフォーラムには凄い人たちが集まっていたということだ。聴講していた若いアーティストの人たちがかなり多く参加し、熱心に聞いていたことも印象に残った。まる二日間缶詰状態でのフォーラムであったがたいへん有意義な会に招かれたものだと思った。
なお自分はこのフォーラムの講演だけを聞くことになったが、ほかにもここでは「サーカス教育について」というテーマで、ヨーロッパのさまざまなサーカス学校の先生が指導する、主に子供相手のワークショップが3日間行われていた。さらに会場となったチャップリンホールでは、チニゼリ・サーカスでのパントマイムの歴史という写真展も開催されていた。とにかく中身の濃いフォーラムとなった。最後にこのフォーラムのキュレーターとなったスラーバ・パルーニンの言葉を引用しておきたい。
「私は以前から考えていることなのだが、さまざまな創造に関わっている才能あふれる人たちによる共同作業だけが、質的に新しい芸術の成果をもたらすのではないか。」
このフォーラムに参加して一番感じたこと、それはスラーバが言うような共同作業の大いなる可能性であった。

http://www.jp-club.ru/?p=4622
フォーラムに参加したオリガさんが書いたフォーラムレポート。ロシア語ですが、この中には映像も含まれているので、フォーラムの雰囲気も分かるかと思います。

この記事を書いたひと;大島 幹雄

元㈱アフタークラウディカンパニー勤務。宮城県生まれ。早稲田大学文学部露文科卒業。海外からサーカスや道化師を呼んで、日本でプロデュースしている。石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師。デラシネ通信社を主宰、不定期刊行の雑誌『アートタイムス』を刊行。

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